2021年2月26日金曜日

皿倉山にて


ある年の夏、九州北部を未曾有の集中豪雨が襲った。この大災害の影響で、()心女(しんめ)神社(福岡県ミズカミ市ナクテ町)の御神木とされる巨大なスギが倒壊した。樹齢1300年を超えるそれは、付近の民家を一軒まるごと押しつぶし、電線に引っかかり停電を引き起こした。ぺしゃんこになった民家の住民は全員行方不明と報道され、その日の夜は、天の叫びともいうべき不穏な重低音が町を包んでいたようであった。

あれから3回ほど夏を迎えた。災害に繰り返し襲われても、しばらくすれば最寄りの避難所すら知らんといった人間がほとんどであったあの町はもう存在しない。「御神木が倒れた」というだけで、この町の人々の意識は一変したのだ。

跡形もなくなった御神木付近は広大な公園となり、その入り口に「ミズカミ災害防止センター」を設立し、この深い傷を忘れまいと誓った。センターは2階建てであり、1階は学習・資料室、2階は軽食喫茶となっている。展望台がある屋上からはミズカミ市が一望でき、天気が良ければナクテ沖を挟んで本州がチラリと見える。特筆すべきは、2階の休憩スペースに展示している「黄金杉の根株」である。倒れた御神木の根を掘り上げたとき、雨に全身を砕かれた御神木とはうってかわって、根は希望を失わず、いきいきと輝いているように見えたことからこの名がつけられた。どうにかして希望を見出したかった町の人々の意識の集合体が幻を見せたのだろう。いまでは普通のスギとなんら変わらない色である。

4回目の夏にさしかかると、黄金杉の根株に怪しいウワサがささやかれるようになった。それは、「黄金杉に触れると“向こう側”に連れていかれる」というものだ。この話の根拠となるのは、根株の展示に携わっていた災害センターの職員の失踪事件である。さらに、この職員が失踪した日の翌日の朝、大量の血痕が発見された。職員のものかと思われたが、血痕は警備員のものだった。発見当時、現場は荒らされ、根株を囲むガラスが全面粉砕されていた。

住民の間では職員の「神隠し説」や「強盗の果ての誘拐説」が強く広まり、なかには「センターには地下施設があり、職員はそこで人体実験の犠牲となり、警備員は実験に抵抗した末に殺害された」と言い出す者や、「役員の失脚を狙う過激派による作戦」だと主張する者、「豪雨で行方不明となった人々の怨念」だと信じる者、山に火を放ちスギの木を一掃しようとする者、未知のパワーを得ようとスギの枝を食し内臓をズタボロにする者、スギの丸太を片手に役所や銀行を打ちこわそうとする者(間違えてヒノキを持ち出した者もいたようで、裏切り者とみなされ打ちこわしの締めにタコ殴りにされていた)、スギの木でこしらえた神輿をタイムマシンだとみなし、神輿と一緒に海に飛び込んでいく者が現れるなど、これまでにないほど賑わっていた。 

5回目の夏を迎えようとしていたとき、1週間ほど雨の日が続いた。少し海が荒れたものの、とくに問題はなかった。雨が止み、途端に日差しが強くなりはじめた日の午後7時、ナクテ沖にて海運会社「ヒサヤ汽船」のジェットフォイルが一時漂流した。第七管区海上保安本部が原因を調査したところ、船の海水取り入れ口に大型海獣の肉片が詰まり、航行不能となったという結論に至った。肉片を識別した水族館職員は、「骨の大きさや厚みからして、明らかに魚ではありません。超大型の海獣と断定してよいです。ア、ちょっと失礼。ギリギリ。いやァ、枝より葉ですよ。森羅万象のパワーが、ね。ギリリリリ」とスギの葉をビーフジャーキーのごとく噛みちぎりながら発表した。思えば、我々はこの発表を受け、すぐに避難すべきだったのだ。発表の日の夕方、ナクテ沖の海面が風船のように膨らみはじめた。タイムトラベルを試みていた連中が見守るなか、膨らみをこじあけ姿をあらわしたソイツは、海獣ではなく怪獣だった。 

でっぷりと突き出た腹を揺らしながら、一歩一歩を踏みしめる怪獣の右のこめかみからは血が流れていた。おそらくジェットフォイルにひっかかった肉片はこの部分である。ついに恐竜時代に到達したと嬉し涙を流す連中をよそに、道路を踏み割り、電車を蹴飛ばし、目線を一点に定め、ずんずんと進んでいく。怪獣の進路の先には、災害防止センターがあった。

怪獣の目覚めと時を同じくして、黄金杉の根株に異変が生じた。根株のあちこちから根が急激に空中に伸びはじめ、まるで意思を持っているかのようにセンター内の人間を捕らえはじめた。捕らえられた人間は次々に根株の割れ目に押し込まれ、消えるように吸収されていった。抵抗する者はその場でとどめをさされ、ずるずると根株の中に引き込まれていく。人間を吸収すればするほど、根株は黄金色の輝きを増していった。 

 根株の輝きが町の端からも見えるようになると、怪獣は目を見開き、なんとも言い表せない鳴き声を発した。すると、ぶよぶよとした腹に支えられた分厚い胸に、うっすらと縦線が入った。まるで妊婦の正中線のようなそれは、しだいに深い傷のようになり、ついにはバックリと胸が開く事態となった。丸見えとなった怪獣の胸部は木の根とよく似た器官が張り巡らされていた。

 ますます輝く根株から伸びた根は、つぎつぎにセンターの壁や展望台を突き破り、怪獣へと伸びていく。怪獣は目を閉じ、裂けた胸から根とも血管ともつかないものを無数に根株に向かって伸ばしはじめた。天の川を隔てた織姫と彦星が手を伸ばしているようにもみえるその様は、相変わらず丸太を担いで暴れ散らしている民衆を鎮めるほど清らかだった。その手と手が結ばれる瞬間は幸せに満ち、生まれたばかりの星のように光る根株はゆっくりと怪獣の胸に吸い込まれ、融合した。こめかみの傷も癒えていた。 

 沈黙が続く。ほどなくして、我慢できなくなった人々は怪獣に向かって笑顔で走り出した。神秘的な安心感をもたらしてくれた怪獣に感謝しているのだ。足元にわらわらと群がる人々を一瞥すると、怪獣は背を向けた。人々から歓声を背中に浴びながら、突然足元の人間を掴んでは放り投げはじめた。掴んでは放り投げ、掴んでは放り投げ。人々の理解が追いつく間もなく、怪獣は足を大きく広げ、中腰の姿勢になった。四股を踏んでいるのである。町ひとつ吹き飛ぶほどの四股を踏み終えると、かつて井心女神社があった地区の大地をむんずと掴み、日本中に響き渡るほどの重低音を響かせながら地球から剝がしていく。勢いにのせて剥がすため、傍から見るとちゃぶ台返しである。剥がれた大地はキレイに反対側に倒れ、ミズカミ市そのものが二つ折りになった。取り戻した海の真ん中で、怪獣はしばらく立ち尽くし、天を仰いでいた。

 

……という小噺を皿倉山の「皇后杉」と山頂からの眺めから思いついたのでココに残しておきます。




2021年2月24日水曜日

2021年2月22日月曜日

ビーチコーミング



ビーチコーミングの目的はアオイガイだった。先日の大時化でいけるかなと思っていたのだけど、残念ながら今回はなにも見つからなかった。そのかわりにおびただしい数の、ハマグリが。次はぜひこれをねらいたい。
浜には強烈な春一番が吹いていた。もう春だ。

2021年2月21日日曜日

貝の贈り物

 拾った貝をお金に加工する技術は持ち合わせていないのだけど、ともだちへのプレゼントになら加工できた。



2021年2月20日土曜日

そとへおでかけ

 2021年2月20日(土)

2月になってちょっと忙しかったり、お天気がよくなかったりしていたので、外で遊ぶのは久しぶり。


白波の立つ海岸へ。



風は強いけどいいお天気。
ビーチコーミング日和。


分厚くて大きい貝殻がたくさんある。



ビンビンの家の庭の花壇を飾るらしい。



ちょっと足を伸ばして火星によってみた。地球から調査隊が来ていた。


火星の植物を採取したらしい。
地球のヒジキによく似ている。


私は、火星の石を拾ってきた。


地球の木に似ているけど、石だ。

火星は、地球と似ているけどやっぱりちょっと違う。

2021年1月9日土曜日

どこの子かいな

夜の大学で


暗くなってもいつまでも雪遊びに興じる子どもたち


どこの子かいなとおもったら



あれあれ


なんと最後は寝てしまった




 風邪など引かぬよう早うおかえりやす

2020年12月27日日曜日

多重露光

 

足を踏み外しダムの底に沈まぬように、山の斜面を這うように。そうして歩くと見えてくる小さな丘の上に、学校がある。手入れの行き届いていない、真っ黒な森を抜けると見えてくる巨大なイチョウの木が目印だ。学校も森も、そしてイチョウも、その役目を終えようとしている。

 

校舎のなかには木(おそらく杉)でつくられた、世に出ることなく非業の死を遂げた歌人の歌碑がずらりと立ち並んでいる。ここで過ごす子どもたちは、毎朝校門の前で、係が選んだ歌を詠む。毎朝だけでは飽き足らず、とうとう歌を群読に変えて、群読のみをおこなう時間割まで作った。

群読は「い」「ろ」「は」の三つの組に分かれておこなう。「い」組が主旋律となり、「ろ」組はその後を追うように歌う。「は」組は擬音を表現する。「は」組は歌う箇所が少ないながらもインパクトが強いので、印象に残りやすい。

群読のなかで、子どもたちがこぞってやりたがるのが、指揮者だった。さも自分が皆をまとめているように錯覚して悦に浸れるのだろう。伴奏はピアノが弾ける人がやらされるので、本人の意思はあまり考慮されない。

皆なかなかやりたがらないが、最も注目を集め、その人の声色だけを全ての聞き手に感じとってもらえるのが「独唱」だった。ひとつの歌を独唱者が歌い終えると、「いろは」の三組が同じ歌を群読する。独唱者の表現力でその歌の印象が決まる。

百人ほどの少ない人数で、小さな無名の学校だった。図工と劇と合奏をしている時間ぐらいしか楽しかった記憶がない。そんななか、群読をしている時間だけは、町の外からやってくる大人にはさっぱりわからない味を感じることができる気がした。この気持ちを誰かに渡してたまるものかと強く思っていた。

 

イチョウの木はとても太く大きい。貼りつくことに精いっぱいで、登ることはできないほどだった。天高く伸びた枝を見上げると、乾いた青空と重なる。その様子は異次元と常世の隔たりをむりやりこじ開けてくるヤプールによる、次元の壁のひび割れのように見えるのが楽しかった。

地面に落ちたイチョウの葉を集めて投げ合うこともあった。木から落ちてもいいように、葉でクッションを作ったこともあった。一番記憶に残っているのが、木の周りにたくさんの「自動シャボン玉製造機」なるものを配置して円をつくり、合図とともに一斉にシャボン玉を解き放ったことだ。校庭いっぱいにシャボン玉が舞い、そのなかで子どもたちがイチョウの葉を空に向かって投げる。目が覚めるような黄色い扇の舞と淡い虹色の玉の泳ぎが混ざる様には皆が気圧されていた。

 

ナニモノにも役目を終える日がいつかくる。


大人たちを横目に、歌ったり遊んだりする子どもたち。

子どもたちの声を聞きながら、音楽家が新たな曲を作っている世界が垣間見える。