2022年11月28日月曜日

バンブー・イリュージョン・ナイト2022

最近、ヒトが最初に手に入れた麻薬は塩だったという話を聞いたけど、その前に炎を手に入れていたんじゃないかと思った。 炎には、ヒトを魅了する力がある。 子どもたちは魅入られたように炎を見つめている。
大きな炎は、ヒトを高揚させて、賑やかに踊ったり、手を叩いたり、歓声をあげたりしたい気持ちにさせる。 小さい炎は、ヒトを安心させて、静かな音楽を聴いたり、手をつないだり、ささやきあったりしたい気持ちにさせる。
火と音楽があれば、ヒトは集って楽しむことができる。
まつりが終わるころ、少年は炎の上を飛び越えた。 “アカチャン”という、現地の言葉で乳児を指すあだ名で呼ばれているこの少年は、このまつりを境に成人男性の仲間に入ることが許されることになるだろう。

ひさびさのバンブー(仮)

 

 黄色い軽トラの運転手と目が合った。駆け寄って話しかけると、連絡をとっていた焼き芋屋だった。車を公園のなかに誘導していると、うしろからビーグルを連れたおじいさんに声をかけられた。

 

「きょうなにかあるんですか」

ビーグルが僕の左足に抱きついてくる。

「コロナ前まで濃施山公園でやってたイベントす、もうはじまるす」

「ああ~、そうですか。がんばってください」

なかなか離れないビーグル。必死に顔をこちらに近づけて遊びたがっていたが、引き剥がされてしまった。

 

発電機の駆動音が聞こえてきた。遊具の上から、子供たちが物珍しそうにドームを眺めている。


みんなで火をかこんで踊ったよ


空にのぼった火の粉が、星になったよ







バンブーの次の日、とっちゃんと一緒に竹を運んだよ



2022年11月21日月曜日

日曜日を切り貼りする

誰もいる気配のない部屋の前に立っていた。

巣を剥がされたミノムシが、行き場もなく固まって死んでいる。


かつて、地下の掲示板にはおびただしい数のチラシが貼られていて、手前の小さい机には自作の冊子やパンフレットが置かれていた。サークルや部活の勧誘に、イベントの告知。新しいチラシを貼りに来た人が、どれを取り外そうかと迷っていた。シミュレーションゲームのように、

色あせてしまったものや、バーコードがかすれてしまって読み込めないものもあった。ちと画風が古くないか、この団体は今もいるのかな…と思わせるものがいくつもあった。どこかに所属しようとは思っていなかったが、乱雑に散りばめられた紙切れを眺めるのは、わりと楽しかった。

後ろから聞こえたのは、はんざきの声。「まだだれも来てないんかな~」と話しながら部屋の扉を開けると、職員が倉庫から長机を出していた。

17時まで部屋をつかうことを伝えて、電気のスイッチの場所を教えてもらった。部屋の隅に座っていると、奥の扉を開けて、皆が入ってきた。



部屋を余すところなく使う


2枚の紙をくっつけることからはじまる

ゆがまないように

こちらは切る作業

すこしずつ、部品がうまれる

今回の作業で何をつくったのか。それは、週末(26日)のイベントで明らかになる。






切り離されてしまったが最後、ただのゴミになる三角形
寄り集まって、明日の神話へと姿を変える



















2022年11月19日土曜日

11/12稲刈り、からの

私は初めての稲刈りでした。


幼稚園のとき、園内の小さい田んぼで稲を育てていて、(確か)父兄が所有していた足踏み脱穀機や唐箕(とうみ)を使った記憶があるけど稲刈りの記憶って無い。

少し離れたところにあるビニールハウス付近で、農家の孫と思しき子どもが遊んでいる。
親が農業をしてる友達って中高生のときはいなかったので、大学に入ってから割とそういう人がいて驚いた。

私は幼少期に南薩とか奄美に住んでたけど、祖父母は鹿児島市のひとだし、あんまりちゃんとした「農家のイメージ」って無い。田畑の風景は、車で遠くへ移動する時だけ見るものだった。


大学から自転車で来られるところにこういう場所があるんだよなーとしみじみ思った。


かえるがいた!

かえるが跳ねる動画をストーリーにあげたらいつもよりたくさんいいねが来た。
主に東京に住んでる人から。


アニメショップを彷彿とさせる名前の、袋

収量はあまり多くなかった。それを見かねたのか、籾殻をとる機械を通しているときに「おじさんは作ってるけど、お米は買うものだと思うけどなあ」と言われる。

稲刈りを午前中で抜け、汗だくだったのでシャワーを浴び、私はスーツを着て就活イベントに行ったのだった。まじで??
稲刈りしてた方がよかった。ごめん。


稲刈り中は、この黙々とできる作業めっちゃ向いてるんじゃない!?て思ったけどその後数日間身体中が痛かったです

2022年11月16日水曜日

miyamamama

 11/26に開催されるバンブーイリュージョンナイト2022の準備にみやまへ→っっっっっ→


さっきの門司でポテト売った夜に大学を出発。


お風呂入ってぬるぬる気持ちいい。

九州の人は優しいしおしゃべりなので、知らんおばちゃんと温まりながら世間話。

もうね、これに慣れちゃって、京都とか東京行っちゃうとね、冷たい。。って思っちゃうんだけど、これは九州の人の優しいお節介アベレージが高いだけなんだよね。多分。


かしらの大おもてなしに酔いしれる夜。







竹が強すぎて竹割作業に苦戦。。。




初めて出会うかしらジュニアも手伝ってくれ、ダゴの洗礼も受けたぜ。


よっしゃー来週楽しみだー!



RI SI NG SUN FIL M FES TI VAL2022に参上 リヤカー大學堂

 煉瓦で映画



じゃがいも売ったよ

門司 人 青空



寒いけど あたたかい



国 言葉 うじゃうじゃ


リヤカー使いこなせない

改造計画思案中




みやまへのドライブ

きぞくちくわよろしく




2022年11月15日火曜日

いざ行商チューバー

 2022年11月3日。文化の日。

大學堂は旦過市場から門司港へと場所を移りました。


大學堂の店舗はリヤカーなのでどこにでも出没しますが、門司港の岩田酒店さんを使わせてもらうことになりました。来月早速イベントします。





その、オープニングセレモニーのために北九州市立大学から門司港までリヤカーをひいてみんなでテクテク。

Instagram(@daigakudo)に実況インスタライブのアーカイブを投稿してます。


途中で差し入れをしてくれた人がいたり、あるきすがらクラファンのフライヤーを渡したら応援してくれたり、優しい人がたくさんいました。ありがとうございます。

クラファンよろしくねえ〜

https://readyfor.jp/projects/daigakudo-reincanation


もう、めっちゃ歩きました。

普段はどうしても歩きたくなくてすぐチャリを使ってしまうけど、リヤカーは楽しいからいっぱい歩いちゃうね。。。のんちゃんやもろこしとも一緒に歩いたヨ。

今度は芋でも乗せて行商したいな。


ドロンちょがとってくれた写真でさよなら。



次回は門司出店編です。

CRAZY PARTY IN KYOTO

あら、すみません。

もういろんな報告を書きそびれてしまっているので、覚えている限り書き思い出そうというリハビリ報告になっております。はつめっとです。


今回は10月にあった京都市美術館のパーティーに潜入したことを書きたいと思います。


だだがお金の話をするということで京都にポールとおかわりと行きました。

裏テーマとしては大學堂のクラファンの宣伝を全国発信するのも兼ねて。


残念なことにあんなに頑張った写真が、iphone修理のバックアップに失敗して亡くなってしまって楽しさを全然伝えられないのが残念なんだけど。ごめん。


まず、京都着いた瞬間、朝ごはんも食べずに松茸探し。

昔の川の道のお散歩は気持ちよかった。

岩﨑家だらけで野研の岩﨑さん(ポール)がめっちゃ反応してた。

私はみんなより遅くに京都に到着したのでザック(ほぼ布なんだけど)担いで登山。

結局松茸は見当たらず、京都を一望して帰ろうとしたら丸太を担いで歩くじいちゃんが。

しかも杖がよくみるやつじゃなくて、山登る時のかっこいい杖だった。

何で丸太を持ってるのか聞いてみたら、椅子を直すという。

このおじいは、丸太を山から集めてきて、登山道の真ん中に一休みスペースを作っていたのである。座り心地が悪い一本の丸太を交換するため、おじいは結構重めの丸太を500mくらい担いで歩いてきたらしい。そこからおじいのライフストーリー聞いてたら、だだとのリンクがえげつない。もう二人で会話が弾んで弾んで。私は土地勘やその頃の雰囲気がよくわかってないけど、すごい、盛り上がってた熱だけは感じれた。あとこのおじい、めっちゃ健康。話しよる最中、一回も新しくした椅子座らんかったし、帰りもずんずん進む。山を降りたらママチャリでピューっと行ってしまった。去り際に毎朝やっているトレーニングを披露してくれた。足腰丈夫なおしゃべりおじいが面白くて朝ごはんを食べていないことを忘れていた。


それから大學堂のモデルになった雑貨屋さんとか、ジャンベ奏者のパン屋さんに行った。

パン屋さん(はばらさん)は、旦過市場の8月の火事の前日に大學堂に来て大學丼をしていたらしい!!!そんな!!!タイミングが素晴らしすぎる。旦過市場・大學堂営業の最後の日のお客さん。びっくりびっくり。


色々遊びすぎたら時間がなくなっちゃったから急いで京都市美術館のパーティーがおこなわれる京セラ美術館までみんなでいったの。会場に着いてみるといでちんがいた。歯医者も片野のカレー屋ぶりの再会。

主催に会ったことがなかったんだけど、ひとり明らかにオーラ違うやん、て人がいて、それが主催のりっかさんだった。

京セラ美術館でシャンパンで乾杯する、謎のアフターパーティーではみんな飲んで食べて美術館に寝っ転がって空間を独り占めして、おしゃべりしたり、パン焼いてたり、持ってきてた作品を展示したり、とにかくみんながそれぞれ楽しいことをやっていて、まさしくCRAZY PARTYだった。持ってなかった固定概念までもが壊された感じ。やべえ!うめえ!だがわかんねえ!みたいな人々の集まりと活動だった。このわからなさとヤバさを是非みんなと共有したかった。二次会は先斗町にあるビルの京都市美術館へ。屋上も見せてくれて気持ちかったー!そのビルはりっかさんの持ち物である。この地球上に、しかも京都に、そして先斗町に自分の空間を持っているってどんな気持ちなんだろう。まだその感じはわからない。りっかさんの謎がさらに深まるばかりであった。帰り道は歩きたくないいでちんをだだが歩かせてみんなでてくてく歩いて帰った。前は行けなかったまほろばにも行けて楽しかった。クラウドファンディングの話をしたら店主はその場で支援してくれた。無口な店主。おシャレな店主。私の部屋よりものが散乱しているお店の店主。また会いたいな。

次の日は寝過ごしすぎた。。。けどポツンと一軒家見ちゃったし、あるぱかにも会っちゃったし、格安でフェリー乗れちゃったし、クラファン第一目標達成できた、とっっても良い1日でした。


ありがとうー!!!


クラファン、もう2週間くらいしかありませんがまだまだ頑張っています。

ページだけでも覗いてみてください。

https://readyfor.jp/projects/daigakudo-reincanation


次は、リヤカーで門司港編です。






2022年11月14日月曜日

あたたかなあきのあさに

           あたたかなあきのあさにあしを刈りにあるく


         いろとりどりのいちょうや楓にいまさら気づくいちにち


       うさ晴らしにうれた南瓜をうがちうかばれぬ霊をなぐさめよう


えん席にえらばれたランタンはえがおのままえししてゆく



おいそれとのぼっておりた山のおどろくべきおもしろさ



                               小籠包

立ちつくす者たち

 

A面

B面



2022年11月9日水曜日

同じ森を見ていても

同じものを見ていても
同じように見えるわけではない

同じ森を見ていても
同じように見えるわけではない

木を見て森を見る 

2022年11月8日火曜日

ガレージセールと再興式典

 『おはようございます。先日はありがとうございました♪

今日は7時に大学からリヤカーで、旧岩田酒店へ向かうと、インスタで知りました。

今どの辺りを歩いているのかな?歩くコースの途中で、差し入れ出来たらと、思いながら。』

 

前回のガレージセールのときのお客さんから、ショートメールが届いていた。リヤカー隊のメンバーから場所を聞き、『赤坂へ向かいます』と返した。

 



店から出す机や売り物を選んでいると、きぞくとカエルとポールが車でやってきた。4人がかりで、店の表にある大きな瓶を動かした。この瓶はいつも水で満杯にしているからとても重い。朝、バケツから瓶に水を移していると道行く人から『こどもの頃は、よくお父さんとお酒買いに来よったんよ』と話しかけられることがある。瓶をずりずりと動かして空いた場所に、大學堂の看板を置く台を設置した。

 

開始時刻の11時を迎えるも、リヤカーはやってくる気配がない。電話すると、大里にいた。『もう少し時間かかりますね~』とお客さんに伝えながら、商品を運び出していた。すると、一組の夫婦が横断歩道を渡ってきた。

『ネットで見てね、びっくりしたんですよ。私たちも以前、5年ぐらいコンサートに通ってたから。そして旦過から学生さんたちがこちらに移ってくるとは!』

『アヴェ・マリアが好きでね~。お家の中も見せてもらったけどね、2階も宝物がいっぱいあって』

ふたりがやってきた頃は、まだ商品を全て出し終えていなかった。それを見かねたのか、いつの間にか作業を手伝ってくれていた。

『この絵は出していいの?じゃあ、こちらに』

『すみません、お願いします』

夫婦は穴井さんといった。穴井さんたちの助けを借りて、ようやく品出しを終えた。

 

今回は午前中が最も忙しかった。

『こんなん、外に置いといてえーの?ほんまに?』と聞き慣れない訛りのお客さんを筆頭に、次々と商品について質問される。岩田さんは、値段を答えたり、どこで買ったのかを答えていた。

 

ふたりの女性がやってきた。聞けば、ゲストハウスポルトの人だった。少し前に開いたガレージセールのとき、同じゲストハウスのサクラさんという人がやってきて、椅子や木製の看板などを購入してくれたことを話すと嬉しそうにしていた。ふたりはリヤカー隊に会いたがっていたが、あまり時間もないようで、すぐに職場に戻っていった。

 

赤い帽子をかぶった人が『あの、これはおいくらぐらいでしょうか』と、お盆にティーカップやグラスを載せて店の中に持ってきた。お盆も込みだと高くなると思ったが、聞くと葛葉でカレー屋を営んでいて、お店で使う皿などの食器をほしがっていた。『火鉢の横に保管しておくので、じっくり選んでください』と言うと、カレー屋の人は外のティーカップをいくつか見比べていた。ちなみにこのお盆は、カボチャドキヤで使われていたものだ。

 


お客さんにお釣りを渡していると、『来た!』と誰かの声が聞こえた。ようやくリヤカーが到着したようだ。看板を台に乗せ、大學堂のガレージセールも始まった。同時に一瞬、見慣れた人影が見えた。近所で魚屋を営む青さんだった。前回はカゴを買って、お店で使ってくれている。建物の中も案内し、『泊まってて、怖いとか感じない?』と聞かれた覚えがある。青さんには1週間ほど前にガレージセールのことを伝えていたが、大學堂のリヤカーが来ることは伝えていなかった。興味を抱くかどうか分からなかったからだ。しかし心配はいらなかったようで、『よかったね。まさか旦過から、こっちに』と驚いていた。

 

すでに昼を過ぎていた。ガレージセール開始からずっと、穴井さんは店の中の看板を眺めたり、岩田さんと一緒に他のお客さんたちと話していた。岩田商店で角打ちをしていたことは知らなかったらしく、昔の酒は質が悪かったと、懐かしそうに話していた。穴井さんの母親はいわゆる「沖仲仕」だったらしい。角打ちをしていた頃のお客さんは仕事を終えた公務員や港湾労働者だったことを聞くと、『こういう場所で飲んでたんだろうね』と呟いた。


ギターを始めたと話す穴井さん

岩田商店に大學堂が移ったことはとても喜ばしいことだと穴井さんは言う。クラウドファウンディングのチラシを片手に握りしめ、旦過の火事を悔やんでいた。古い物や場所を知ることこそが国を愛するということであり、「国のために死ね」というのは愛国心ではないと力説された。

世代で対立するのは悲しいことだ、とも語っていた。仕事をしていると常々考えることだという。聞けば僕の母親と近い職業だったため、似た話を母から聞くと答えると『そうなんです。そうなんです』と何度も頷いた。

思いの丈をひとしきり話し終えて、スッキリしたのだろう。『では、わたしたちはこれで』と穴井さんは帰っていった。穴井さんを見送っていると、机の上の商品を眺めていた人から声をかけられた。

 

『岩田は、おる?同級生です』

ああこの人が、とすぐに気づいた。この日たまたま実家に帰る予定があり、ネットニュースに載っていた毎日新聞の記事を見て連絡してきた人だった。ついさっき、東京から車で到着したという。『奥の蔵にいるので、どうぞ』と案内しようとしたとき、『お!』と岩田さんの声が聞こえた。門司高校の頃のクラスメートで、7月に僕が東京で会った浦田さんのことも覚えていた。

『浦田!彼は転校生だった。長崎からね。たしか雑誌の会社に勤めてるんだっけ?』

『今は退職して、小学校の教員の補助員みたいな仕事をしてるそうです』

『そうなのか』

休憩がてらに蔵のなかで話をして、僕はまた表に戻った。しばらくの間、ふたりは高校の話で盛り上がっていた。

『じつはもうひとり、あとから同級生が来るんですよ』

お客さんはそう言うと、蔵を出て火鉢の横に座って待っていた。

 


あと1時間で終わりかなという頃、『上田さん、こんにちは~』と、入り口から声が聞こえた。朝、ショートメールを送ってきた長野さんだった。前回のガレージセールのときに出会い、長野さんの祖父母は岩田商店の従業員だったことを聞いた。店で出会って結婚し、岩田さんの祖父からのれん分けをしてもらって、庄司町で酒屋を営んでいた。そして最近知ったのが、長野さん自身は大學堂のイベントによく足を運んでいたことだ。そういえば大學堂告別式のときにも声をかけられた。大學堂が門司に移転する話をするまで、僕と長野さんは互いに大學堂にかかわりがあることを知らなかった。不思議というか世間は狭いというか。今日はメールに返信が無かったが、どうやら無事に合流できたようだ。『今年もダルマ作ってほしいわ~来年還暦だから』と、スマホの画面をなぞって見せてくれた写真のなかには、大學堂でトラダルマを掲げるポールや、こたつに入ってダルマ制作にはげむカエルがいた。

 

長野さんはまたどこかに出かけていった。少し寒くなってきた。振り返ると、岩田さんと同級生の人の会話にもうひとり、新しい人が加わっていた。『55年ぶりの再会ですよ!』と話すその人は門司に住んでいるが、岩田さんに会いに行く機会がなかなか見つからなかったようで、楽しそうに話していた。


 同級生たちと再会

15時を迎えると、片付けや再興式典が慌ただしく終わり、一瞬で16時を過ぎた。買い物から戻ってきた長野さんからの差し入れをリヤカーに託し、みなが赤い電話ボックスの方向に向かって歩き出すのを見送った。記者もお客さんも散り散りになって、一瞬でいつもの東本町に戻った。まだ庭のバケツに水を溜める作業が残っている。水を溜めるあいだに、ガレージセールのポスターをはがした。外の作業を終わらせて店に戻ると、火鉢の横に河波さんという人が座っていた。

 

この河波さんも、前回のガレージセールのときに知り合った人だ。東京で仕事をしていたが、コロナでリモートワークができるようになったため、実家のある長門に帰ってきていた。前回はたまたま車で店の前を通りがかり、ガレージセールのためだけにやってきたと話した。今回は15時ギリギリにしか来れず、じっくり商品を見ることはできなかった。その代わり、前回よりも長く話をすることができた。

河波さんは、前のガレージセールでは漆塗りの餅箱を買ってくれた。おまけで文字ヶ関人形を箱の中に入れて渡した覚えがある。あのときの餅箱をとても気に入っていたようで、今回はサイズの違う餅箱を二つも買ってくれた。パソコンなど、仕事で使うものを入れて使うという。

『古いものは丈夫で美しいので、大切に使って、次の世代の人に引き継ぐことができるようにします』と語った。

餅箱を河波さんの車まで運び、交差点に入ってトンネルに向かうところまで見送った。長門から角島までドライブして回ろう、と遊ぶ約束もした。

 

 

今回、僕はほとんど店の中の様子しか見ていない。そのため、リヤカーの様子や大學堂のお客さんたちの様子の詳細は、ほかのメンバーたちに託すことにする。

2022年11月5日土曜日

門司港のご近所さんにご大學堂がご挨拶

門司港のご近所さんにお披露目とご挨拶に回る大學堂




休日のためか、どこもお留守のご様子






三宜楼でお座敷遊びをして岩田商店に戻ります