2018年9月25日火曜日

死の海

23日に海へ行った。
だんだん肌寒くなって、秋も近づいてきたので、おそらく今年最後の海ではないだろうか。

どこに行こうか迷いながら下道を走って、たどり着いたのは死の海。
秋になったしそろそろ魚もいるのではないか、ということで今回はここで潜ることに。

銛を今回こそは持っていこうと思っていたが、作るのに間に合わなかった。なのでダダに頼んで、銛を貸して貰った。
銛を使うのは慣れていないので、壊さないように慎重に使う。

1年生のときから海にはいっているが、耳抜きがうまくできたことがない。なのでずっと耳が痛いのを我慢しながら潜っていた。
でも、今回はなぜかコツをつかみ、耳抜きができるように!潜ってすぐつばを飲み込むと、ほとんど耳が痛くならないということを発見した。
よって今回の海は、ものすごく快適に過ごせたのである。

ぼーっとしている、カワハギやタナゴを銛で狙うけれど、なかなか刺さらない。何度も逃げられてしまった。
一応あたるのだけど、ゴムのひきが甘く勢いが足りない。カスって逃げられることが多い。

午前中は何もとれず、ダダのとったお昼ご飯をたべ、午後はテトラポッドの周辺で再チャレンジ。
このあたりは、まあまあ魚もいたが悪いクラゲも多いので撤退し、沖合の岩場でしばらくアタックしていた。
ここでも銛をうまく突き刺すことが出来ず、逃げられてしまった。
今回もぼうずかなと思っていたところ、海の底で瀕死の魚を発見!これはもしかしたら、さっき私が突いた魚かもしれない、と思っていたらダダがとどめを刺し、回収してくれた。


これが私の初獲物である、カゴガキダイ。とても小さいけど、きっと美味しいはず。
今度、美味しく料理していただこう。

本当に私がついたといえるのか、微妙なラインではあるが、初獲物には違いない。
来年は、さらに大物を狙うつもりだ。
まずは銛を完成させなければ。



彼岸の海

その浜はいのちの影がうすく死の海と呼びならわれていた。その浜より先にある、いのちにあふれる浜は柵で道を塞がれている。
「柵の向こうで泳ぐと、見回りの来うが」
怖ろしいのは、見回りの若衆ではなく彼岸の海そのものという分別もなくためらっていた。
「死の海も秋やけん、魚がもどっとるかんしれん」
ダイスケは運転手を不安にさせないためか新しい銛を早く使いたいためか死の海に加勢をした。

夏日というほどに気温の上がらぬ死の海で、真夏と同じ装備では厚い皮下脂肪もさほどは役に立たない。群れて泳ぐ碧いスズメダイや水中に水玉模様を描くクラゲを観て紛らすが寒さは緊張と不安を連れてくる。みなが岸に引き返すときまで一人岩の上で待つことにする。雲を透かした日のぬくみにあたりながらうとうとと待っていた。

死の海は秋になってもいのちの気配が濃くなってはいなかった。ただ人を刺すクラゲだけはむやみとその姿を現して、イカテツの顔に証しを残していった。

死の海で初めて魚を突いたいぼりは、手応えのなさに首をかしげつつ獲物を持ち帰り、私は運転のお礼にとボラを分けてもらい家に帰った。

実家で待つ姪たちは、食べ慣れぬものは好まぬ人たちではあるが、ボラのココナツミルク煮を食べさせようと田舎では買えぬ缶詰を携えて家に向かう。
案の定「ココナツミルクは食べきらん」と顔をしかめる。
「それより刺身が良か。ばあちゃん刺身にして」
「ぞうたんのごつ。だがこげな夜中に魚ば触ろうか」
上の姪は譲らず刺身、刺身とぎゅうらしい。
「しゃっちが夜中に食べんでよかろうが」
と応じる母もぎゅうらしい。
「そげん言うなら自分でせんね、しきろうもん」
私は母にも聞こえるぐらいの小声で姪をちょうくらかす。
「ばってん、ばあちゃんにおごらるっもん」
「さっとしてぴしゃっと片付けたら、おごらっさんくさい」
姪は母をちろりと見やり、家庭科の成績は5ばいなどとあごをたたきながらボラをまな板の上にのせる。見慣れぬことをはじめた姉の隣にすり寄った下の姪が不意に「かわいか」と声を上げる。
何やかと一息戸惑った後に、ボラのくるりとした目が思い浮かぶ。
娘たちの騒ぎを聞いた兄に下の姪が「ねえちゃんはかわいか魚にブサッち包丁ば刺さしたっばい」ととすける。
「ボラか。ボラはむぞかけんじょうられんもんね。おいばみよっばい、ちてから」
「ばってん、そいはもうじょおってあるけん」
と笑い、兄にビールをほとめかれていると姪が初めてひいた刺身が運ばれてくる。
ボラはまな板の上でもたんもたんされるうちにしょっちゃりしていたが、彼岸の海からいただいたいのちには違いなかった。

2018年9月24日月曜日

死海

先々月、開拓した海が死海だった事は記憶に新しいが、種子島で泳ぐ機会がなかなか得られなかった事もあり、とにかく早く泳ぎたいという気持ちから前回の海を選んだ。近いし、車も停められるし、川もある。

ここ数日ですっかり秋も深まってきたころだから、きっと遠方に出ていた魚たちも戻ってきている、そうに違いないという期待を胸に、というかそう思いこませて潜水。

海が死んでいる。Dead Sea。

もはやここは海ではない。塩分濃度の高い水と岩の集まったプールである。


今回も銛は持たずに潜水。とにかく大介の捕り方を横目に、隠れている魚を探してアプローチすることを繰り返し練習してみた。

潜水距離、時間、見つけてから潜るまでの時間、少しずつ早くなっている気がする。
銛を突くタイミングも何となくイメージ出来たので次こそは挑もうと思う。

帰りに大ちゃんにメジナをもらったので早速三枚におろす。
こちらも少しずつ練習していくつもり。

最期に。

アンドンクラゲ超痛い。

海の蟷螂

波にもまれながらも、繰り返し繰り返し海に向かう蟷螂。古人ならば、屹然としたそのいさぎよさに心うたれ、その死をきっとなにかにたとえるだろう。


しかし私たちは知っている。ハリガネムシに寄生され、脳を冒されたカマキリが、入水することを。ハリガネムシが自分の卵を産ませるために、カマキリを水辺に向かわせることを。


しかも、そこは淡水ではない。海に放たれたハリガネムシの卵は、決して生き残れないだろう。


死を讃える美徳の正体は、このような狂気である。脳を冒された国の行く末が、破滅であることも、すでに私たちは歴史から知っている。

今年最後の夏日

今年最後の夏日の予報が出ていたので、居ても立っても入られず、おかずとりに海に行った。おかずとりなので、突けるのであればどんな魚も突く。そして獲った魚は、分配して全部食べてしまうのである。


写真は新作の、4.5メートルのオールカーボンの4連結のナガイーグン。チョキまですべて手づくりで、総経費約8千円。1週間くらいかけてつくった。


もう一つの写真は、この日、生まれて初めて魚を突いた(気絶させた)イボリンの獲物カゴカキダイ。大きく見せるにも無理がある




この新作銛のためしうちと新人の特訓もかねて海に行ったが、選んだ浜が悪かった。練習だからといって近場を選んでしまった。魚がまったくいない。せっかくの海日なのだから良い浜を選べば良かった、深く反省。

2018年9月23日日曜日

石垣島日記


9月23日

もうすぐ石垣島に来て2週間になろうとしている
時間の速さを感じつつも、毎日がいろんなことに溢れていて
まだ2週間たっていないのかとも思う。

今までは野研メンバーと一緒にフィールドワークをしていた。ついていけば
面白いことにすぐ出会えていた。
けれど、ここでは自分の行動次第で人と出会えたり
面白いことを発見したり
考える場面に出会えたりする


そして、ある人が教えてくれた
「石垣島は日本の縮図だよ。」
私は、日本の政治についてどれだけ無知だったのかと思うと、とても恥ずかしい
ここ、石垣では自衛隊配置や基地問題で政府と戦っている。
どこか、画面の中の時事問題であったことが目の前で起きる毎日。




この2週間で学んだことは、「対話する」という
当たり前のこと。
だけれど、いざ知らないわからないというときに
この対話を怠ってしまうように感じる
話して、話して、時間を共有する
普段の生活では当たり前かもしれないけれど
ここにきてとてもその大切さを学ぶ。
反対しあう人間関係がすぐ隣の家の人とあるという距離感だからこそ
対話していくことが重要なのだろう。


と、考えるこのごろ。

さてさて、昨日は年に一度の「とぅばらーま大会」八重山民謡の祭典である。
福岡を発つ前からとても楽しみにしていた
また、会場に着くと人にあふれていてこの大会の知名度を感じた
この大会は予選・本選があり、予選で選ばれた人達が本選に進み
その審査がこの会場で行われる。



本選に進んだ一人に、80歳という
今大会最高齢のおじいがいた。その歌声は素晴らしい
このおじいに会ってみたいと思い
大会が終わると玄関で出待ちをした。最後まで残ったけれど
会うことは出来ない・・

配られたプログラムには名前と住んでいる市のみ書かれていた
これは探すしかないと思い、人に尋ね歩き
さすが島だ
家にまでたどり着くことが出来た
けれど不在・・・

フィールドワークノートを破り置手紙を書き
玄関の隙間に滑り入れる
仲良くなった畳屋に寄って帰ろうとしていたところ
電話がかかってきた。おじいから「今からきてほしいと」
もう登野城まで帰ってきていたがまた新川までテクテクとんぼ返り

おじいは八重山の民謡に興味を持ってくれたことがすごく
うれしいと。わたしもうれしい。
これから毎日習うことになった
「私のすべてを教えてあげる」
これは頑張らねば・・とても楽しみだ
早速おじいが大会で歌った歌を一緒に歌う


12月に開催されるアダンサミットも
着着とすすみ始めている
節子さんを始め、島の人たちで作りあげられている最中
私は本当に微力だけれど、すこしでも力になれればと




なんだか流れのない文章になってしまった

  はでぴ 














2018年9月18日火曜日

ナガッシマスターちくわ

大學堂がいつもと違う。
竹とぬかだきの香り、水の音と、からくりが動きだしそうなあのBGM。
何が起こっているというのだ。

”ソーメンナガッシ”

…それは、ただのそうめん流しではない。大學堂の二階から「ナガッシ!」という掛け声とともに勢いよく流れてくる素麺をぬかだきのつけつゆで食べるそうめん流しである。
それが行われていたのだ。



いか、モコ、いぼりが準備をしている。
そこにちくわと呼ばれる男が、一人友人を連れてきた。驚くことにそのちくわのお友達は、ソーメンナガッシをするといって、5000円を出してきた。一回500円である。彼はこの一日フリーソーメンパスを手に入れた。

少し驚いた様子のちくわ君だが、二階に上がりナガッシを始める。下ではいか君がQを出す。いかの「ながっし!」に呼応してちくわも「ながっし!」とソーメンを落とす。
威勢がいい。
ソーメンフリーパスの彼が、デモンストレーション的な役割をしてくれたためか、誘われた人がソーメンを食べにくる。


祝日で、市場のほとんどの店は閉まっており、人通りが少ない中、家族づれが入ってきた。これはナガッシが忙しくなるぞ。大丈夫かちくわ君。それは杞憂だった。「わざわざ流さんでもええ。」らしく、ざるのまま食べていた。
この家族連れには三人の子供があり、彼らが客引きを手伝てくれた。


とても元気よく大きな声で大學堂だけにぎやかだった。
ちくわ君がいたのは14時30分ごろまで。それまでぼちぼちお客さんが入っていた。
最終的にはどうだったかは、わからない。ただ、流すのも食べるのも楽しいイヴェントであった。