2026年9月13日日曜日

2026夏:沖縄旅(写真は後で追加するので、ひとまずテキストだけ)

 11泊12日の沖縄の旅。

北九州からだいすけ、小籠包、ボンゴ、きぞく

野研沖縄支部のきのこ、なかんだ、ピータン、げっちょ先生、ノエ

研究会メンバーのきりゅうさん、ホリさん

学会に参加したあやさん、かめい先生

いろんな人が出たり入ったり、動いたり

今回の旅は、大きく分けると4期ある。

ラグジュアリー1期、きのこ期、ラグジュアリー2期、学会期


私にとっては、とにかく運転が怖かった。

運転が荒いことで有名な北九州や「名古屋ばしり」などと揶揄される名古屋でも運転していたのだけれど、そして、それぞれに怖いとは思っていたけれど、沖縄はまた別の怖さがあった。

交通量が多いのに、道が狭い。駐車場が狭い。交差点が複雑で角が鋭角だったりする。細い道や道路脇から出てくる車が予想以上にグイッと出てくる。いちいちドキッとして、心臓に悪い。ついでに京都のイケズ石のように置いてある石敢当にマジムンなみにプレッシャーを受けてしまう。ドキドキ


【第1ラグジュアリー期】

台風の影響で予定していた26日には出発できず、27日に沖縄へ。

久しぶりの飛行機、久しぶりのピーチで荷物の預け入れに手間取って、ギリギリで乗り込む。


到着したら、レンタカーを借りて宿泊先へ。壁やらルームフレグランスやら随所にEM菌が使用された発酵をテーマにしたリゾートホテル。

荷物を置いて、ティーファクトリーへ。アイスティーをいただきながら、ティーブレンダーの内田さんから沖縄とスリランカの赤土が紅茶作りにいかに適しているかといったお話を聞く。

茶園に移動して茶摘みをする。明日、この茶葉を使って紅茶作りを体験できる。せっせと摘んでると雨が降り出して、茶摘み終了。もっとたくさん紅茶を作りたいから、もっと摘みたかったのだけど。

今回の沖縄は、ずっと雨が降ったり止んだりでお天気がすっきりしない。日差しが強くないので過ごしやすいとも言えるけど。

恩納村のリゾートホテルに移動して、夕食。紅茶と料理のペアリングを体験する。3つのワイングラスが並べられ、それぞれに違う紅茶が注がれる。アイスでもホットでもなく常温の紅茶。しっかりと茶葉の味を引き出さないと、常温では誤魔化しが効かないと思う。逆にいえば、それぞれの茶葉の味を引き出しておけば、常温が一番味の違いを体験できる。

料理と紅茶のペアリングや内田さんのお仕事について話題は尽きない。


28日。昨夜からきのこも合流して、発酵ホテルの自慢の朝ごはんをしっかり食べたら紅茶作りとペアリングのワークショップへ。一晩かけてしっとりさせた茶葉をそれぞれ揉み始める。手が違うと味が違うとか。そして、手から漏れた茶葉は、固かったり紅茶に向かないから漏れたままでいいと言われたけど、けちんぼ根性で、もう一度拾って揉み始める。揉み終わった茶葉を見比べて、内田さんが余分な茶葉を取り除いてくれた人のお皿に乗ってる茶葉は綺麗なのに対し、私の皿には明らかに揉みきれてない茶葉が載っている。けちんぼ根性を出すとソンをする。何度も後悔するくせにまたやってしまった。

揉んだ茶葉をオーブンで乾燥させている間に、紅茶のテイスティング。複数の紅茶と烏龍茶をストレート、砂糖を入れたもの、ミルクを入れたものと飲み比べる。内田さんが言うように味が変わる。気がする。誘導されているだけか・・・内田さんが解説する前に、ブラインドで体験したい気もするけど、大きくはずしそうで言い出す勇気はない。

テキストと茶葉を購入してティーファクトリーを離れる。


【きのこ期】

28日の夜は、きのこの職場の美ら島自然学校がある名護市嘉陽地区の豊年祭へ。シーシーと呼ばれる獅子が古くなったので作り替えられることになり今年の豊年祭で引退なのだとか。「ありがとうシーシー」というムードが溢れている。地域の人たちが豊年祭の定番の演芸を披露してくれる。普段は嘉陽に住んでいない孫世代も帰ってきてステージに立っている。小学校は廃校になって美ら島自然学校になっている。受け継ぐ子供世代は少なくて、ステージの中心的な踊り手の何人かは、地域外に出た子・孫たち。嘉陽地区の区長さんは、はでぴによく似ている孫世代のIターン。65年ぶりにシーシーを作り直すということは、伝統的なお祭りをこの先何十年も続けていくという地域の人たちの想いだろうと思う。地域は新陳代謝をしながら、柔軟に緩やかに祭りをハブにしてつながっている。


29日、台風の影響でうねりのある海の様子を見ながら泳げるところを探して海へ。初海のボンゴと海ではチキンハートのロンポーとチャプチャプコース。靴を忘れたロンポーに自分のを貸したので、ギョサンしか履いてない状態になっているので、チャプチャプコースでも泳げないことに気が付く。

夜は山原の谷でキャンプ。

湿度が高いのでなかなか薪が燃えない。それでも焚き火を囲んでご飯を食べたりおしゃべりするのは、やっぱり楽しい。

夜には雨が降り出す。


30日、濡れたテントと海道具を美ら島自然学校で洗わせてもらって、干してる間に浜を散歩する。げっちょ先生と合流。げっちょのお仕事については多くを語られないけれど、なんだか忙しくなってしまったとかで、お疲れの様子。浜を散歩しているといつの間にかげっちょの手にはアダンの枯葉のようなベージュ色の弧を描いたものがある。数日前に打ち上がったという鯨の骨。埋められていたらしいけど波に攫われて海岸に散らばっている。生臭い油の匂いを頼りに探してみる。ボンゴは両手一杯に拾っている。背骨や首の骨は見つかったものの、狙いの頭部は見つからず。

集まった中ではボンゴが見つけた首の付け根の骨が一番おもしろい骨かなと思う。

私は小さな貝を2つ拾う。そのうち一つはチャームに加工したいイメージができている。いつ実現するかは知らんけど。


31日、石焼をしに嘉陽の浜へ。石と薪を集めて、石を焼く。その間にちょっと泳いだり。今回は、自分の装備を付けてるので、チャプチャプコースで小さなさかなと戯れてみたり。

鶏も芋もカボチャも石焼にすると美味しい。


1日、堀さんと内田さんと合流して海洋文化館の見学。海洋文化館は3回目くらいかな。ここでアダンサミットをやったときに、けっこうちゃんと見学たのだけど、展示数も多いし、自分の知識が増えたりして、いつも何かに気がついて驚く。今回は、タパの柄とベッコウ細工が綺麗だと思った。

アダンサミットのときに野研のみんなで何泊かしていた備瀬を散歩したら、観光客が多くなってたり家が建て替わっていたりと雰囲気が変わっていました。相変わらず、写真を撮れば映える風景が点在しているけど、なんだかちょっと落ち着かない。


【ラグジュアリー2期】

2日は、読谷にある金城実さんのアトリエへ。映画監督の三上知恵さんもアトリエで待っててくれる。目的は金城さんのかくし念仏の話を聞くことと三上さんが制作に関わっていた辺野古の問題を扱ったテレビドキュメンタリーをみること。

金城さんの先祖崇拝では権力と戦えないという話。「今の私の生活」を守りたいという想いは、戦争に反対するシンプルなロジックだと思いつつ、それだけでは、あるいは戦争に加担する側にまわってしまうかもしれないとも思っていたけれども、その不安のスケールを広げて考えると、金城さんの気づきと重なるかもしれないと思いました。

三上さんの映像を観て、あれ?と思う。1996年ごろの映像。確かにこの頃はこうだった。沖縄の怒りが大きくうねって、日本を動かしていると思っていた。普天間は返還され、沖縄の負担を引き受ける覚悟が問われてると思っていた。そして、沖縄と同じく大陸との前線にあたる福岡はなにかを負担することになるかもしれないと思っていた。その頃の北九大は、たびたび隣の自衛隊に離発着するヘリの音がして、たびたび空砲が鳴っていて、そんなリアリティがあった。いずれにしても何かが変わると思っていた。まさか、こんなふうに30年間も事態は膠着して、ただただ自然破壊だけが進むなんて思ってもいなかった。


夜は、台風も心配だったのでテン泊を諦めてピータンハウスへ。

ピータンは、旦過の大學堂の2階を改装したときに参加してくれた建築系メンバーの一人で、いろいろあって、今は沖縄で建築事務所を構えている。コンクリート打ちっぱなしのオシャレな3階建てのビルの1階が事務所で、2階と3階は民泊施設として使われている。今回は3階の1LDKの空間に泊めてもらった。LDの壁一面が大きな窓になっていて、全部開けると壁のない空間ができる。お風呂の壁も一面窓で、お部屋とお風呂から夜景と海が見える。うまく表現できないけど、なんだかすごい。カーサブルータスに載ってそうと言えば伝わるかな、伝わらないか。


3日は、台風の影響で雨が断続的に強く降る。土砂降りの雨を避けつつ、佐喜眞美術館へ。入り口で黒田征太郎さんの作品に出会う。チケットも黒田さんの絵が使われている。明るい太陽の下、鳥が緑を咥えて飛んでいる。美術館の人の解説を聞きながら沖縄戦の絵をみる。

お昼は、ナカンダおすすめの台湾料理屋で小籠包とルーロー飯を食べる。駐車場にはレンタカーはほとんどなくって、店内は地元の人たちでいっぱいの店だ。今回の旅は、野研の沖縄メンバーおすすめのお店にいけるので、あたりの店が多い。沖縄メンバーの舌は信用できる。

雨が少し落ち着いている時間にチビチリガマで金城さんの作品をみる。ガマの中には入れなくなっていた。沖縄戦の現実を伝えたい気持ちと自分の家族に穏やかにねむっていて欲しい気持ちが両立できない苦しさを想う。

ピータンのラグジュアリールームで夕飯の準備をしながら、だだ、ろんぽー、ボンゴが出演しているチーカーのFM読谷の番組を聞く。きりゅうさんが合流して、ナカンダとチーカーも来てくれて、にピータン事務所でご飯を食べる。


4日、ピータンハウスをあとにして、今夜からの宿は、あがり浜のノエの民宿へ。その前に江上さんと小島さんのお宅で昼食をいただきながら、楽しいおしゃべり。江上さんの話題は豊富で、沖縄の知事選やインドネシアの生活、コロナ禍以降とAIの発展した現在の大学教育のことVIVANTの阿部寛のことまで。ゆっくりと食事の時間が進んでいく。食後に江上さんの織物のコレクションを見せてもらう。布好きの私はちょっとテンションが上がる。手紡ぎ、手染め、手織の布は繊細さと力強さがあってとっても素敵。だけど、高価なものだし、ひとまず自分には使い方が思いつかなかったので購入は見送り。


【学会期】

夜はノエのお宿のある東浜へ。東の浜と書いてあがり浜、沖縄風にはあがい浜。日が上がる浜なんだね。宿のスタッフさんやノエの家族、なかんだかりも合流して晩ごはんを食べる。瀬戸からあやさんとかめい先生も到着していよいよ学会へ。


5日は、今回の旅の目的である日本子ども学会初日。子ども学会は、小児科医や発達心理学者とか教育学系とか子どもに関連するいろんな分野の研究者が集まる、比較的こぢんまりした学会。小児医学も発達心理学も教育学も保育学もそれぞれにメイン学会があるのだけど、学際的な研究やシンポジウムの発表はやりやすい学会かなと思う。


6日は、9時から90分のラウンドテーブルセッションで、幼稚園での研究についての報告をする。だいすけ、ほりさん、きりゅうさん、私からそれぞれ報告をして、総合ディスカッション。私が司会をしていたけど、ディスカッションの時間が取れなかった。終わった後に、私からのまとめをせずに、すぐディスカッションに入ったほうがよかったとだいすけからの指摘。そうだね。反省。次の保育学会でのシンポでは、気をつけよう。

あやさんとかめい先生から、この発表内容を幼稚園の職員にも聞かせたいというリクエスト。11月の研究会でも話をすることになった。先生たちの反応が楽しみ。


この日もノエのおすすめのそば屋でみんなでもずくソバなど食べて、沖縄のだいたいの予定は終了。


7日は夜明け前から大阪に出発する人たちを空港に送り届けて、自分の飛行機の時間までひとやすみして、レンタカーを返したら沖縄の旅は終了。


このほかにも、きのこのおすすめのおいしいパン屋でパンを買ったり、初日に入ったソバ屋が案外あたりだったり、おいしいインドネシア料理やタイ料理を食べたり、食べることにまつわってそのとき話したこととか、気づいたこととか、書ききれてないことがたくさんあった。ぎゅうぎゅうに体験が詰め込まれた沖縄旅だった。

2026年8月24日月曜日

大師のごとく

 夏の盛りに京都に向かうのも、もう4年目だ。車窓から草いきれが匂い立つような山々を見つめながら思った。

今年は秋からの留学を控えて大忙しで、そのうえ沖縄や能登まで夏休みいっぱい計画が詰まっている。これまで散々遊び尽くした京都は遠慮しておこうと思ったが、みんなの誘い口に乗せられてまんまと貴族カーに便乗していた。私もやってきたことだけれど誘う方は気楽なものだ。車に乗せられてる方も。

出発の朝

 到着した次の日の朝、「来週zoomで話そう」と受け入れを打診したイギリスの教授からメールが届いていた。実質、受け入れる人材かを見定めるインタビューだ!受け入れ先を探し続けてきたこの数ヶ月のイギリス英語の悪夢が甦る。壁にペンキを塗りながら、あるいは床の水平を取りながら、私は1週間のあいだインタビューのことで頭がいっぱいになっていたのだった。

床の水平も繊細な作業

 経験上、リノベで1番楽しいのは壁に漆喰を塗る作業だと思っていた。ぐにょぐにょ部屋の左官の群れに加わった時、漆喰が3年前より固くなっていることに気がついた。もともと私は塗装が得意ではないけれど、私が手がけた壁はいよいよ深刻な事態に陥り、漆喰補給係に交代した。漆喰作業に求められるのはアート的感性というより職人的器用さであると、「ケーキの生クリームを塗るみたい」と語るヘイチクのなめらかな壁を眺めつつ実感する。

技量の差があらわれる

 そんな散々な状況だったから、漆喰の翌日に階段の展示を始めたときは楽しかった。梱包作業のときは楽しむ余裕もなかった貝殻や彫り物を並べていると、その造形の細かさや滑らかさに心惹かれた。

貝殻をひとつ割った

最初に手をつけたバッグの展示は最も悩んだ部分のひとつ。ただ真っ直ぐ飾るだけでは階段のかたちを活かせなかったので、できるだけリズムをつけるように心がけた。ポシェット型のバッグが多かったので、まず3つに絞って小さいものから斜めに並べた。上下にできた空間には、長方形の比較的大きなバッグを配置して、形や色のリズムを変化させる。蒐集された地域も意識しながら、反対側の壁に帽子や団扇を並べていく。


リズムを感じろ

 展示をはじめて2日目の夕方、イギリスの先生とのミーティングがあった。画面に映ったのはイギリス英語の上品な老婦人だった。
「Do you have any questions?」
自己紹介を終えて研究テーマについてひととおり話した後、いきなりの質問タイム。動揺してこちらも直球に返す。
「Could you be my supervisor during my stay?」
「OF COURSE! Fabulous!」
2、3の質問を経てミーティングは5分ほどで終了した。「なぜこの研究室なのか」「どのように調査を行うのか」想定される質問に万全の準備をしていたのに、あっさりと和やかな時間だった。この日の夜、私は阪急で購入したクラフトビールを傾けながら、初めて京都を味わえたような気がした。

夕方の散歩

 すべてが順調に進んでいたのも束の間、カヌーの模型やイルカの彫り物を天井から下げるのは難航した。吊り下げるためのワイヤーを固定するには、1mm程度の筒状の金具にワイヤーを通してペンチでワイヤーごと金具を押しつぶすという原始的な手法を用いるのだが、これが一筋縄ではない。①縫い針のような小さな穴に両側からワイヤーを通し、②ワイヤーが外れないように固定しながら、③金具の3倍大きなペンチで正しい向きに挟み、④思いっきり力を入れてつぶすという4つの段階すべてで、金具を固定できていなかったりつぶしが甘かったりで度々ワイヤーが抜けた。

不器用な手

当初ワイヤーを井形に組んでネジで固定し、そこからさらにワイヤーで展示物を吊り下げるという計画だったのだが、あまりにも高度な作業の連続に作業に当たっていた私たちの間には日に日に険悪な雰囲気が増していった。しかし、ある日(おそらくダダが)ワイヤーの代わりに既製品のメッシュパネルをはめることを思いつき、さらに器用な人々に展示品を固定してもらうことで、一気に暗雲は過ぎていったのだった。かくして、送り火の当日に展示は完成した。

メッシュ作戦

 毎夏のことではあるが、繊細さが求められた今年は特に己の不器用さや短気さに直面した2週間であった。わが反省人生において、もはやこの反省はポーズとなりつつあるのではないかと帰りの車中で反省する。しかし、反省なくして成長なし。伝教大師のごとく謙虚でありたい。

4度目の送り火



2026年7月18日土曜日

旅する野研のおもてなし*

 学期末で講義も大詰めのうえに、夏の3大プロジェクトの準備もなかなか進んでいない。そんなこの頃、連日たくさんのお客さんが北九州を訪ねてくれて、うれしいけどほんと大わらわ。伊藤詩織さんのあとは、能楽師観世流緑泉会代表の津村 禮次郎さん、ムビラ奏者の実近修平さん、台湾から謝旻儕さん、今週はほぼ毎日、門司港や下関や海を案内してまわっている。でも、それぞれとても楽しかった、ありがとう。そして今日はフランスから東桂とタクミくるらしい。これまた大変だ。でも、これが旅人生、お互い様のおもてなし。

 でも8月になったらこんどは私たちがお客さんになって京都や沖縄や奥能登を回ります。皆さんよろしくお願いします。














2026年4月27日月曜日

はたらく森のこびとたち

昨日は牧野親子とマテ掘りにいき、今日はローカル線の旅へ。
防府のマテ貝は美味しい

しとしと降る春雨のなか向かったのは、行橋の「ギャラリー稲童」。館長の植田義浩さんは朝日新聞の元社員で、赤村の檜が手に入ったことをきっかけに、小倉高校美術部の同窓だった原田脩さんの作品を展示するためにギャラリーを作ったそうだ。このギャラリーの開館式がきっかけとなり、映画「キセキの第九」が生まれたという。 

新田原から徒歩20分

住宅街を抜けたしずかな山の麓にあるギャラリーは、満開のつつじや牡丹が映える白壁に、方流れの屋根のスタイリッシュな造りになっている。当初は九産大の建築学科の学生らが図面を引いてコンペをしたようだが、八幡のお屋敷から巨石を譲り受けたことで計画が変わり、結局は門司港の洋設計事務所に格安で請け負ってもらったらしい。その辺の経緯については上田さんの奥様である幸子さんが著した『原田脩記念ギャラリー稲童建立記』に詳しい。 

すべてDIY

地元のアーティストの彫刻や書で溢れたギャラリーを案内されているうちに、次々におじさんたちが軽トラで乗りつけてくる。「いらっしゃい!」と陽気に歓迎してくれる人もいれば、恥ずかしそうにこちらの様子を伺う人や寡黙に振る舞う人もいる。それぞれのおもてなしなのか、敷地の草を刈り、蜂について説明し、あるいはチャパティを揚げていく。植田さんの兄貴然とした態度や彼らの仕事っぷりに、てっきり雇われの従業員なのかと思ったが各自勝手にギャラリーに集まってきた人々らしい。彼らは毎週末ここにきて、敷地に小屋を立てたり、焙煎機を自作したりしているよう。「ここにいる人たちはみんな変わり者。私だけがまとも」とみんな言っていた。 

渾然としたキッチン

まるで7人のこびとのようなおじさんたちと話しているうちにお昼になった。手際よく庭にテーブルが並べられ、インドの修行僧件シェフが作ったカレーやヨーグルトが並ぶ。蜜蜂が飛びかう春の庭で即席のガーデン・パーティがはじまった。縁もたけなわのなか、またも突然乗りつけてきた車から、なんと北九大の山﨑先生がゆっくりと降りてくる。彼もこのギャラリーの常連らしい。 

手前は上田さん、奥はシェフの廣中さん


「いつでも遊びに来て」と言ってくれたので、またぜひみんなでキャンプしにいきたいな。


ギャラリーのテラスから

このあとは行橋から平成筑豊鉄道で源じいの森へ。直方から筑豊直方駅に行き、筑豊電気鉄道に乗り換え。住宅街の中を走って黒崎で鹿児島本線に乗り換え。春のエクスカージョンでした。


ちくまる


意外に近代的

黒崎に到着



小籠包


2026年1月24日土曜日

MoGA庭ワークショップ

 2026年1月、MoGA庭イベントに参加する。庭づくりをおこなう角谷緑さんをお招きした庭づくり講座だった。 論文の合間行けないかなと思ったけど、やっぱり行ってよかった
帰国して1年ぶりのMOGA
久々に来て、やはり素敵な雰囲気だなと思う アトリエになっていた
MoGAに素敵なコースターがあった。
台湾から帰ってきてから、こういうものが気になってしまう どうやって作るんだろう、こんなふうに籐巻きするのか、、ふむふむと思う お昼はダダとぽしぇっとに食べにいく。門司港マダム2人と相席することになり、そこの会話がまた面白い、門司港マダム、パワフル、、、と思った。 そんなこんなしているとあっという間に時間になって緑さんのワークショップが始まる
素敵な庭作りをされている。緑さんの自宅のお庭も素敵である。昔小さい頃にみた草花に囲まれるような庭づくりをしているそう。 緑さんの庭づくりのこだわりはゴミを出さないこと。できる限りそこにあるものを利用して、ゴミを出さない、セメントも使わないという。
皆で庭に出て、どんな植物があるかを観察する。 草木で茂った場所ををかき分けてどんどん進む。斜面もどんどんどんどん進む。
いつもとちょっと見え方が変わってきた。何ていう植物だったかな。
部屋に戻って皆で見た植物や、どんなことができるかを話し合う。
雑草に覆われている印象だった庭は、意外にも豊かな植生を持っていた。 ワークショップを通して、庭づくりのイメージが少しずつ皆の中で共有されていく。 春までに桜の周りをきれいにして、春には桜を見たいねと話す。 ワークショップの後、景色はさっきまでと変わらないはずなのに、頭の中には既に桜がきれいに咲いている様子が見えてきた。
皆、庭の桜を眺めている。まるで桜が咲いているのが見えるように。
ワークショップの後は皆でグリシェンへいく
お決まりの衣装チェンジ
皆楽しそうで、私もハッピー。
あっという間にこんな夜になってしまった。 今日はとっても濃くて、たっぷり満足な1日であった。 なかたね