2025年2月22日
ひとりで旅をしてみたい。「コワイヨ」と「フッチャンノ」が口癖だった幼い頃の私は、スニフのように臆病で欲張りな性格だった。しかし、スニフだって彗星を探しに冒険に出たのだ。私も修行を積まなければ立派なフィールドワーカーにはなれまい。そして何より、誰も行ったことのない場所へ出てひとりで冒険をしてみたい。1番安かったベトナム行きのチケットを予約して、ついにひとり日本を発った。
予約したのはベトナムのLCCベトジェット。ホームページはガタガタですでに怪しく、もしかして詐欺なんじゃないかと何度も確認したがどうも福岡空港から毎日飛行機が飛んでいるらしい。LCCの行列を避けるべくオンラインチェックインしたのに、乗る前に紙の搭乗券を印刷された。のちにハノイでも結局列に並ぶことになった。列には帰国するベトナム人のほか、若い日本人グループやカップルが意外に多い。タイやマレーシアのように安価な海外旅行先として人気なのかもしれない。なんとか無事に飛行機に乗れたが、巻き髪のCAはちょっとけばいし、座席に備え付けられた机は左に傾いている。ともかくきちんと飛んできちんと着陸してくれさえすれば良いのだ。カポーティの『夜の樹』を読みながら5時間、ついにノイバイ空港に到着。人々が分厚い上着を脱ぎながら入国ゲートへ向かってゆく。私もダウンと極暖パンツを脱ぎすてて空港を出た。勢いよく押し寄せるバイクタクシーの波をすり抜けて国内線への連絡バスに乗りこむ。席に座った途端、乗り込んできた女性にベトナム語で話しかけられた。
「○○○○○○○?(このバスはここにいくのか?的なことをいっているらしい)」
「Sorry, I'm Japanese」
隣りに座っていた青年が代わりに答える。
「〇〇○○○○(行くよ的なことをいってるぽい)」
向かいに座った彼女は突然日本語で話しかけてきた。
「日本人ですか?どこに行きますか?」
「日本語喋れるんですか?!ここへ行きます」
Googleマップを見せると、女性が青年と相談し始めた。ここへ行きたいそうだけどこのバスで大丈夫か、的なことをいっているらしい。
今度は青年が私に話しかける。
「このバスで大丈夫です」
君も日本語しゃべるんかい!初っ端からふたりも日本語話者に出会えてしまった。
5分ほどの道中で話したところ、女性は日本で仕事をしていたらしい。ベトナムでは意外と日本語を話せる人が多いのかもしれない。
国内線ターミナルでバスを乗り換える。Googleマップの表示が当てにならないので通りすがりの人たちみんなに聞いてみる。英語で話しかけてみるも首を振って逃げられるので、ベトナム語で挨拶をして翻訳機を使う作戦に切り替えた。道を聞いている間もGrab(大手配車サービスだが、制服を着て従業員の振りをするエセGrabがハノイ中に横行している)に声を掛けられる。逆に「このバス停どこ?」と聞いてみた。エセでも親切なので、仲間の青年たちと相談して「あっちだよ」と教えてくれる。教えられた方向に歩いてみるもどうも逆方向のようだった。反対方向に歩いていると、先程の青年に「チ、オーーーイ!!!!」と遠くから叫ばれた。びっくりしてつい「あっちだと思う!あっち!!」と日本語で返してしまった。後に分かったことだけど、ベトナム語で「チ」=「お姉さん」、「オーイ」=「すみません」「わお」「よっす」「ねえ」くらいの意味らしい。初めて聞いたときは、舌打ちして怒ってるみたいに聞こえて少し怖かった。ベトナムは町並みも中国に近い感じだけど、言葉も似ていて中国語を少し転がした感じだ。
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緑色のヘルメットがGrab |
ベトナムの交通手段について調べると、Grabのような配車サービスが主流のようだ。バイクの保有率世界2位を誇るベトナムでは、ジモッチはバイク移動が基本らしい。観光客はバイクタクシーを利用することが多いようだが、ハノイ市内ではバスも走っているようなので安価なバスを利用することにした。ちなみに空港から市内へは1時間で約270円とかなり安い。
ベトナムには交通系ICのようなシステムがないため、
バスも現金で乗ることになる。乗りたいバスに乗り込み座席に座ると、スマホをいじっていた乗務員が気だるそうに来てどこに行きたいか尋ねられる。どこそこに行きたい、と言うと謎の機械で領収書を発行されてお金を徴収される。
市内へ向かうバスに乗って、まずは両替をしに旧市街へ向かった。旧市街といえばハノイ最大の観光地だけれど、その実態は生物、食物、装飾、汚物ありとあらゆる物が溢れかえるカオス天国だ。道など知らぬとばかりに縦横無尽に走るバイクは、古代バビロニアに攻め込む戦車のように善良な歩行者を襲ってくる。最初こそスリリングな体験を楽しんでいたが、私の脳みそはそのあまりの混沌さにしだいに認知能力を失い、滑り込んできたバイクに軽くぶつかってしまった。もはや「生き残ること」にしか意識が向かない。気力に限界を感じて早々に旧市街を後にした。 |
コピー屋が多い。A0ってなんだろう。 |
中心地を離れて、まずはヴァンフックというシルクの工芸品が有名な村を訪れることにした。バスで30分ほど走って遠くまで来たような気がしたけれど、思ったよりハノイと変わらない騒がしい街だ。「工芸村」という名前で観光地として売り出しているのか、アオザイの店が並ぶ街がカラフルに装飾してあった。欧米人の観光客も数人歩いている。路地に入ると紡績機なのか、カタンカタンと音が聞こえてくる。浮き足立って街の寺院を歩いているといつの間にか私有地に入り込んでしまったようで、厳しい顔をしたおばあちゃんに叱られた。天気の悪さも相まって、外国にひとりでいることが心細く思えてくる。
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ヴァンフックの入り口 |
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シルクの店が並ぶ観光地 |
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寺院が多い |
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天気悪し |
そうこうしているうちに日も傾いてきたので、近くで見つけた食堂に入る。ベトナムといえばフォーを思い浮かべる方も多いだろうが、実際ベトナムのレストランの8割は米麺の店と言っても差し支えない。町の飲食店はフォーまたはその亜種、もしくはバインミーに占拠されている。このとき通りかかった店は丸鶏がぶら下がるフォー・ガー(鶏肉のフォー)のお店で、何かくれと言うと大きなどんぶりいっぱいのフォー・ガーを出してくれた。茹鶏とニラとネギがたっぷり入っている。瓶に入った大根の漬物や小さなザルに入ったパクチーやかぼすを一緒に食べろとジェスチャーしてくれた。鶏のだしにほっとする。途中でお店の幼い子供たち3人も隣で夕ご飯を食べ始めた。孫にせがまれておじいちゃんが海苔をたくさんあげようとするのを、おばあちゃんが止めている。「おかずはたくさんあるでしょ!」「まあいいじゃないか」という風情。あるある。お腹がいっぱいになったところで、近くに宿はないかおばあちゃんに尋ねてみた。
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大きな丼 |
指示された方向に歩いたものの、宿みたいなものは見当たらない。日がだんだん暮れかけて次第に焦ってきた。近くにあったベーカリーの店主に「この辺りに泊まれるところはありますか?」と翻訳機を向けると、困った顔をして30代くらいの息子を奥から呼んできた。親切そうな顔をした息子は片言の英語で話しかけてくれる。
「このあたりで安く泊まれるところを探しています」と翻訳機で尋ねると、しばらく思案して店の壁に貼ってある看板を指差す。
「ここはどうかな?」
読めないけど。
「ありがとう。どこですか?」
電話してあげるよ、と言ってその番号へかけてくれた。
「ちょっと待ってね」
「ありがとう。値段はいくらですか?」
2500.000VD、と数字がわからない私のためにノートに書いてくれた。12000円、ちょっと高い!
「ちょっと高いですね」と言うと、また困った顔で考えてくれる。息子にうながされて店の裏の建物に案内される。どうみても一般の古い住宅といった風情だ。そこにいたおじいちゃんが鍵を開けて中に入れてくれた。なぜかその辺にいたおじさんと子供たちも野次馬的についてくる。おじいちゃんがオーナーらしいが、やはり見た感じホテルではなくふつうの住居である。階段を上がるとシャワーとトイレはあるが、窓のない薄暗い部屋の中にはスノコしかない。ここに寝かせてくれるってことかな?と困っていると、どうも話が食い違っている。息子は1ヶ月12000円の貸家を案内してくれたようだ。あわてて「ワンナイト!ホテル!」と訂正すると、一同顔を見合わせてア~という顔をしている。そりゃ安いよね。
ぞろぞろと家から出てくると、息子がしばらくここで待ってろと言う。5分後に息子がバイクに乗って戻ってきた。後ろに乗れということらしい。悪い人ではなさそうなので、勢いで乗り込むと、すぐに宿らしき場所に連れてきてくれた。たいていベトナムの宿にはHOTELの表記がなく一見分かりづらいが、どうも細いプラスチックの暖簾が掛かっているのが宿の印のようである。彼は宿の主人と知り合いなのか、なにか言い合いながらずかずかと長い階段を登って勝手に部屋まで案内してくれた。大丈夫だろうか。「値段は一晩250VDで、チェックアウトは12時。ここで休んだらいいよ。俺は店にいるからなにかあったらいつでも呼んで」
とりあえず重い荷物を置いてひと息。通りすがりの旅行者なのに、なんて親切な方なんだろう。ともかく今夜の宿が見つかった。ベッドでいっぱいになる狭くて古い部屋だが、シャワーとトイレもついている。トイレットペーパーはないけど。窓がなくかなりの湿気が漂っているけれど、扇風機は付いている。1500円なら良い方かもしれない。汗を流すためにシャワーを浴びると、ちゃんと温かいお湯が出た。部屋でぼんやりしても仕方がないので、下に降りて宿の主人と会話を試みてみた。1階は宿の経営者家族の住居になっていて、おばあちゃん、息子、孫が居間でくつろいでいた。そして家政婦らしきおばちゃんが台所で料理している。階下におりるやいなや上品そうなおばあちゃんが厳しい顔で「250.000」と打たれた電卓を見せてくる。外国人だからちゃんと支払えるのか心配しているのかもしれない。その場で現金で支払うと少し態度がやわらかくなった。ちなみにベトナムではクレジットカード決済はほぼ普及しておらず、代わりにQRコードを使用した電子決済が主流となっている。ただ、この決済サービスはベトナム国内の銀行口座が必要となるため、外国人が利用するのは難しい。外国人は常に現金をある程度持っておく必要がある。
居間で手持ち無沙汰に突っ立っていると、かわいそうに思ったのかおばあちゃんが椅子を勧めてくれた。螺鈿細工のついた椅子だ。孫が釘づけの大きなテレビや豪華な調度品を見る限り、お金持ちの宿屋なのかもしれない。孫をダシにしておばあちゃんたちと話をしたいが、孫はテレビから流れる欧米の子供向けYoutube動画に夢中である。くそう。この際孫は無視して直接おばあに話しかけよう。
少しだけ勉強したベトナム語で「日本人です」と言ってみるが、首を傾げられる。発音が悪いのかも。諦めて翻訳機を使う。
「ベトナムでお茶を作っている場所を知りませんか?」
おばあも息子も首を傾げる。
「どこかおすすめの場所ありませんか?」
「ヴァンフックはどうか?」と困惑しながら息子が答える。
今日行ったんです、と言うもうまく伝わらない。
「ここから歩いてすぐ」とGoogleマップを見せてくれる。
「すぐだね。いいですね」と調子を合わせていると、息子が立ち上がってついてこい、と言う。調子を合わせてついていくと、今日歩いたヴァンフックの通りを案内してくれた。日は沈んで店はほぼ閉まっている。
「明日来なさい」
「そうですね。ありがとう」
「どこから来たのか?」と聞かれ、Japanと答えるがなかなか伝わらない。何度かJapanと繰り返すと「アー、ザパン!」と通じ合えた。どうもジャパンではなく、ザパンらしい。
部屋に戻ると、急激に心細くなった。言葉もわからないし、行くべきところもわからないのに、こんなベトナムくんだりまで来てしまった。あと16日もここで何をしたら良いのだろう。
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サイバー社会主義 |
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部屋に小さなゴキブリ |
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宿のおばあと孫 |
小籠包