2025年3月31日月曜日

ベトナム逍遥 -濃霧のバス-

2025年2月23日

しとしと降る雨と鶏の鬨の声で目が覚めた。そうだ、ここはベトナムだ。考え事をしているうちにいつの間にかぐっすり眠っていたみたいだ。窓がないので外の様子は分からないが、どうも雨が降っているらしい。服を着替えて階下に降りてみる。

今朝はおばあちゃんとその孫とおばちゃんだけしかいない。息子はすでに仕事に行ったらしい。扉のない出入り口、のれんの隙間から雨合羽を着たバイクの群れが見える。雨やみを待つ間しばらく居間で過ごさせてもらった。箒で床を掃くおばちゃん。おばあちゃんは長椅子に座って孫を抱いている。孫はそんなおばあちゃんにも外国人の私にも無関心で、相変わらずYoutubeに夢中だ。幼いながらアジア人らしい硬めの髪質の孫は、下半分を刈り込んだコボちゃん的髪型をしている。中国人がよくこの手のツーブロックをしているのを見かけるが、ベトナムでも同様で、街で見かけるベトナム人男性の9割は同じ髪型だ。おばあちゃんはスマホが苦手なようで、翻訳機を向けてもあまり口を開いてはくれない。うっすら微笑みを浮かべながらおばあちゃんがコボちゃんを可愛がる様子を眺める。おばちゃんが掃除を終えて長椅子に座ったので話しかけてみた。どうもおばちゃんはここの家族ではなく、お手伝いさんらしい。息子は離婚したため、コボちゃん家族の世話をしているとのこと。おばちゃんが私のパーカーのフードを指す。どうもこれを被っていけと言っているようだ。確かに、雨はぽつぽつ降り続いていてまだ止みそうにない。8時頃宿を出発した。


お手伝いさんとコボちゃん

ベトナムの街は雨の中でも活気にあふれている。路上には食べ物売りが露店を広げており、通りにはスーパーマーケットはなく、スマホ、下着、ビニールチューブなどニッチな小売店が並んでいる。昨日通ったベーカリーに寄ってみたが、助けてくれたお兄さんは不在だった。せっかくなので朝食を手に入れることにする。ベーカリーに並ぶのは食パンや丸いパン、ピザパンなど様々だ。商品がテントを張った店の前に並べられ、お客さんは雨の中でもひっきりなしにバイクに乗ってやってくる。湯気のたつ蒸し器で温まっていた肉まんを購入した。昨夜のフォーは250円くらいだったけど、この肉まんは90円だった。ホテルの価格からしてもベトナムの物価は日本の2〜3分の1くらいと見ていいだろう。


よくわからないものがたくさん

春雨とうずら卵が入った肉まん


この喧騒の都市を離れて、一刻も早く田舎に行きたい。友人の友人である日本在住のベトナム人に教えてもらった、お茶づくりで有名なモクチャウという街に行ってみることにした。ハノイ最大のミーディンバスターミナルに到着すると、プラスチックの椅子に座っていた係員が近づいてきた。ベトナム語で話しかけられ、英語で返すが、あまり通じてないようだ。地図と翻訳機を使って「モクチャウ」という名前を繰り返す。
「...Moc Chau? Moc Chau, Son La?」
ソンラ省、モクチャウ。なんとか伝わったようでバス会社のカウンターへ連れて行ってくれた。バス会社のカウンターでは全く英語は通じないのだが、係員が片言の英語で通訳をしてくれ、なんとかチケットが買えた。モクチャウまでは約4時間で1500円くらい。チケットを受け取るとおもむろにおじさんが来て、ついてこい的なことを言ってくる。私服のおじさんだが、係員が「Driver」と紹介してくれた。おじさんには「日本人」と説明しているようだ。ドライバーのおじさんが、混み合うバスとバイクの間を縫って大きなバスへ案内してくれる。バスに入ると靴を入れる用のビニール袋を受け取る。バスには30度くらいの傾きのベッドが2段3列にずらりと並んでいる。下の段に潜り込んでカーテンを閉めるとなかなか快適だ。足側にはテレビ画面が設置してあるがあちこち触っても何も映らない。ポツポツ降る雨の中バスが走り出した。


クラクションで溢れかえるバスターミナル


モクチャウ行の大型バス


2段ベッドが3列並ぶ


バスは対向車への挨拶のようにクラクションを鳴らしながら進んでいく。なんだかあまりにも気分が滅入って、不安な気持ちに押しつぶされそうになる。私はスニフのように小さな生き物なのだ。なんとか気持ちを盛り上げるために関西弁で独りごちてみる。
「いやー雨やなあ。やっぱり声出しとかんと病むからなあ、喋らしてもらうねんけど、今からモクチャウに向かうでえ。ごっつ天気悪いねん。天気悪いとあかんわ。天気悪いと悲しい気持ちになるからな」
天気の話ばっかりやな。あかんわ。順調に飛ばしていたバスが急に停車した。カーテンを開けて様子を伺うと、運転手が外へ出て行く。どうしたんだろうと窓の外を眺めていると、道路の脇に出て立ち止まっている。立ちションかよ!こっちがこんなに深刻に悩んでいるというのに、立ちションかよ!この後も立ちションのためにバスが停車することが何度かあったので、特に緊急事態でなくともよくあることのようだ。立ちションのほかにも、バスは30分に1回程度しばしば止まった。乗客が乗り降りするわけではなく、外にいる人々に段ボールを手渡している。どうも人だけでなく物資を運ぶ郵送の仕事を兼任しているらしい。1時間半ほど走ったところで小屋のような場所にバスが止まった。乗客がそれぞれポツポツ降りていく。サービスエリアのようだ。トイレを済ませて中を覗くと、大きな車庫のような小屋に売店があり、プラスチックの机と椅子が並んでいた。売店にはペットボトルの飲み物類、豆やお菓子などの軽食が売っている。高速道路ではなく普通の道路の脇にあることを除けば、日本のサービスエリアとそれほど変わらない。


ほな行くでえ


スナックが並ぶ売店


体育館のような構造


薄暗いトイレ


バスは棚田や街を抜けて走り続ける。険しい山の中に入ると、深い霧で外が見えなくなった。山では電波も届かなくなる。心地よい揺れに身を任せているといつの間にか眠りについていた。

ふと目が覚めて時計と地図を確認する。もうそろそろモクチャウに入るはずだ。外の景色にもだんだん民家が増えてきた。またサービスエリアのような場所でバスが停車した。地図上ではここはモクチャウに入っているが、乗客はのんびりとバスに留まっている。ここがモクチャウの最終地点なのだろうか。バスはモクチャウの次の街まで行くのかもしれない。
「ここはバス停ですか?」と乗務員らしきおじさんに聞いてみると、
「バス停兼サービスエリアだ」ということだった。
もう少し尋ねてもよかったのだが、焦る気持ちのまま荷物を担いで降りてしまうことにした。大きな道路の周りには深く霧が漂っていて、サービスエリアの小屋の他には目につくものはない。地図を見ながら道路に沿って歩き出した。



深い霧の中を進む


ひとり歩き出す


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