2025年1月17日金曜日

「かずゑ的」

 9歳か10歳の曇りの日、勢いよく海に流れ込む真っ黒な遠賀川を見つめていた。寒かったのか暑かったのか覚えていない。この流れに飛び込んでしまったらどうなるだろう。死ぬのかな。お母さんはどう思うかな。そのとき、堤防のコンクリートのちいさな赤い点が徐にうごきだした。あれは虫だったのだろうか。あの頃「死」はまだ遠くにあって、姿かたちの定まらないものだった。でもその影はやさしげに頭の上をちらついていた。   
 波に反射した光が揺らめくように、いつの間にかまた90歳のわたしへ戻っていく。瀬戸内の太陽はあまりにも明るくて、あの頃の痛みもかなしさも何もなかったように波がぎらぎら光っている。 
「死ねば楽になったろうなーーーーーーー」 
「私、全部受け止めて.........。逃げなかった」 
指が溶けて目もあまり見えなくなったわたしの上に、変わらない木漏れ日がしずかに降りそそいでいる。  
 この瞬間の煩悶も、悔いも恥も、高揚も喜びも、いずれそうやって遠い光のなかにうすらいでゆくのだろうか。それならかずゑさんのようにひたむきに、この一瞬一瞬を惜しみながら生き抜きたいと思った。                                                                                                           小籠包

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