2026年8月24日月曜日

大師のごとく

 夏の盛りに京都に向かうのも、もう4年目だ。車窓から草いきれが匂い立つような山々を見つめながら思った。

今年は秋からの留学を控えて大忙しで、そのうえ沖縄や能登まで夏休みいっぱい計画が詰まっている。これまで散々遊び尽くした京都は遠慮しておこうと思ったが、みんなの誘い口に乗せられてまんまと貴族カーに便乗していた。私もやってきたことだけれど誘う方は気楽なものだ。車に乗せられてる方も。

出発の朝

 到着した次の日の朝、「来週zoomで話そう」と受け入れを打診したイギリスの教授からメールが届いていた。実質、受け入れる人材かを見定めるインタビューだ!受け入れ先を探し続けてきたこの数ヶ月のイギリス英語の悪夢が甦る。壁にペンキを塗りながら、あるいは床の水平を取りながら、私は1週間のあいだインタビューのことで頭がいっぱいになっていたのだった。

床の水平も繊細な作業

 経験上、リノベで1番楽しいのは壁に漆喰を塗る作業だと思っていた。ぐにょぐにょ部屋の左官の群れに加わった時、漆喰が3年前より固くなっていることに気がついた。もともと私は塗装が得意ではないけれど、私が手がけた壁はいよいよ深刻な事態に陥り、漆喰補給係に交代した。漆喰作業に求められるのはアート的感性というより職人的器用さであると、「ケーキの生クリームを塗るみたい」と語るヘイチクのなめらかな壁を眺めつつ実感する。

技量の差があらわれる

 そんな散々な状況だったから、漆喰の翌日に階段の展示を始めたときは楽しかった。梱包作業のときは楽しむ余裕もなかった貝殻や彫り物を並べていると、その造形の細かさや滑らかさに心惹かれた。

貝殻をひとつ割った

最初に手をつけたバッグの展示は最も悩んだ部分のひとつ。ただ真っ直ぐ飾るだけでは階段のかたちを活かせなかったので、できるだけリズムをつけるように心がけた。ポシェット型のバッグが多かったので、まず3つに絞って小さいものから斜めに並べた。上下にできた空間には、長方形の比較的大きなバッグを配置して、形や色のリズムを変化させる。蒐集された地域も意識しながら、反対側の壁に帽子や団扇を並べていく。


リズムを感じろ

 展示をはじめて2日目の夕方、イギリスの先生とのミーティングがあった。画面に映ったのはイギリス英語の上品な老婦人だった。
「Do you have any questions?」
自己紹介を終えて研究テーマについてひととおり話した後、いきなりの質問タイム。動揺してこちらも直球に返す。
「Could you be my supervisor during my stay?」
「OF COURSE! Fabulous!」
2、3の質問を経てミーティングは5分ほどで終了した。「なぜこの研究室なのか」「どのように調査を行うのか」想定される質問に万全の準備をしていたのに、あっさりと和やかな時間だった。この日の夜、私は阪急で購入したクラフトビールを傾けながら、初めて京都を味わえたような気がした。

夕方の散歩

 すべてが順調に進んでいたのも束の間、カヌーの模型やイルカの彫り物を天井から下げるのは難航した。吊り下げるためのワイヤーを固定するには、1mm程度の筒状の金具にワイヤーを通してペンチでワイヤーごと金具を押しつぶすという原始的な手法を用いるのだが、これが一筋縄ではない。①縫い針のような小さな穴に両側からワイヤーを通し、②ワイヤーが外れないように固定しながら、③金具の3倍大きなペンチで正しい向きに挟み、④思いっきり力を入れてつぶすという4つの段階すべてで、金具を固定できていなかったりつぶしが甘かったりで度々ワイヤーが抜けた。

不器用な手

当初ワイヤーを井形に組んでネジで固定し、そこからさらにワイヤーで展示物を吊り下げるという計画だったのだが、あまりにも高度な作業の連続に作業に当たっていた私たちの間には日に日に険悪な雰囲気が増していった。しかし、ある日(おそらくダダが)ワイヤーの代わりに既製品のメッシュパネルをはめることを思いつき、さらに器用な人々に展示品を固定してもらうことで、一気に暗雲は過ぎていったのだった。かくして、送り火の当日に展示は完成した。

メッシュ作戦

 毎夏のことではあるが、繊細さが求められた今年は特に己の不器用さや短気さに直面した2週間であった。わが反省人生において、もはやこの反省はポーズとなりつつあるのではないかと帰りの車中で反省する。しかし、反省なくして成長なし。伝教大師のごとく謙虚でありたい。

4度目の送り火



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