11泊12日の沖縄の旅。
北九州からだいすけ、小籠包、ボンゴ、きぞく
野研沖縄支部のきのこ、なかんだ、ピータン、げっちょ先生、ノエ
研究会メンバーのきりゅうさん、ホリさん
学会に参加したあやさん、かめい先生
いろんな人が出たり入ったり、動いたり
今回の旅は、大きく分けると4期ある。
ラグジュアリー1期、きのこ期、ラグジュアリー2期、学会期
私にとっては、とにかく運転が怖かった。
運転が荒いことで有名な北九州や「名古屋ばしり」などと揶揄される名古屋でも運転していたのだけれど、そして、それぞれに怖いとは思っていたけれど、沖縄はまた別の怖さがあった。
交通量が多いのに、道が狭い。駐車場が狭い。交差点が複雑で角が鋭角だったりする。細い道や道路脇から出てくる車が予想以上にグイッと出てくる。いちいちドキッとして、心臓に悪い。ついでに京都のイケズ石のように置いてある石敢当にマジムンなみにプレッシャーを受けてしまう。ドキドキ
【第1ラグジュアリー期】
台風の影響で予定していた26日には出発できず、27日に沖縄へ。
久しぶりの飛行機、久しぶりのピーチで荷物の預け入れに手間取って、ギリギリで乗り込む。
到着したら、レンタカーを借りて宿泊先へ。壁やらルームフレグランスやら随所にEM菌が使用された発酵をテーマにしたリゾートホテル。
荷物を置いて、ティーファクトリーへ。アイスティーをいただきながら、ティーブレンダーの内田さんから沖縄とスリランカの赤土が紅茶作りにいかに適しているかといったお話を聞く。
茶園に移動して茶摘みをする。明日、この茶葉を使って紅茶作りを体験できる。せっせと摘んでると雨が降り出して、茶摘み終了。もっとたくさん紅茶を作りたいから、もっと摘みたかったのだけど。
今回の沖縄は、ずっと雨が降ったり止んだりでお天気がすっきりしない。日差しが強くないので過ごしやすいとも言えるけど。
恩納村のリゾートホテルに移動して、夕食。紅茶と料理のペアリングを体験する。3つのワイングラスが並べられ、それぞれに違う紅茶が注がれる。アイスでもホットでもなく常温の紅茶。しっかりと茶葉の味を引き出さないと、常温では誤魔化しが効かないと思う。逆にいえば、それぞれの茶葉の味を引き出しておけば、常温が一番味の違いを体験できる。
料理と紅茶のペアリングや内田さんのお仕事について話題は尽きない。
28日。昨夜からきのこも合流して、発酵ホテルの自慢の朝ごはんをしっかり食べたら紅茶作りとペアリングのワークショップへ。一晩かけてしっとりさせた茶葉をそれぞれ揉み始める。手が違うと味が違うとか。そして、手から漏れた茶葉は、固かったり紅茶に向かないから漏れたままでいいと言われたけど、けちんぼ根性で、もう一度拾って揉み始める。揉み終わった茶葉を見比べて、内田さんが余分な茶葉を取り除いてくれた人のお皿に乗ってる茶葉は綺麗なのに対し、私の皿には明らかに揉みきれてない茶葉が載っている。けちんぼ根性を出すとソンをする。何度も後悔するくせにまたやってしまった。
揉んだ茶葉をオーブンで乾燥させている間に、紅茶のテイスティング。複数の紅茶と烏龍茶をストレート、砂糖を入れたもの、ミルクを入れたものと飲み比べる。内田さんが言うように味が変わる。気がする。誘導されているだけか・・・内田さんが解説する前に、ブラインドで体験したい気もするけど、大きくはずしそうで言い出す勇気はない。
テキストと茶葉を購入してティーファクトリーを離れる。
【きのこ期】
28日の夜は、きのこの職場の美ら島自然学校がある名護市嘉陽地区の豊年祭へ。シーシーと呼ばれる獅子が古くなったので作り替えられることになり今年の豊年祭で引退なのだとか。「ありがとうシーシー」というムードが溢れている。地域の人たちが豊年祭の定番の演芸を披露してくれる。普段は嘉陽に住んでいない孫世代も帰ってきてステージに立っている。小学校は廃校になって美ら島自然学校になっている。受け継ぐ子供世代は少なくて、ステージの中心的な踊り手の何人かは、地域外に出た子・孫たち。嘉陽地区の区長さんは、はでぴによく似ている孫世代のIターン。65年ぶりにシーシーを作り直すということは、伝統的なお祭りをこの先何十年も続けていくという地域の人たちの想いだろうと思う。地域は新陳代謝をしながら、柔軟に緩やかに祭りをハブにしてつながっている。
29日、台風の影響でうねりのある海の様子を見ながら泳げるところを探して海へ。初海のボンゴと海ではチキンハートのロンポーとチャプチャプコース。靴を忘れたロンポーに自分のを貸したので、ギョサンしか履いてない状態になっているので、チャプチャプコースでも泳げないことに気が付く。
夜は山原の谷でキャンプ。
湿度が高いのでなかなか薪が燃えない。それでも焚き火を囲んでご飯を食べたりおしゃべりするのは、やっぱり楽しい。
夜には雨が降り出す。
30日、濡れたテントと海道具を美ら島自然学校で洗わせてもらって、干してる間に浜を散歩する。げっちょ先生と合流。げっちょのお仕事については多くを語られないけれど、なんだか忙しくなってしまったとかで、お疲れの様子。浜を散歩しているといつの間にかげっちょの手にはアダンの枯葉のようなベージュ色の弧を描いたものがある。数日前に打ち上がったという鯨の骨。埋められていたらしいけど波に攫われて海岸に散らばっている。生臭い油の匂いを頼りに探してみる。ボンゴは両手一杯に拾っている。背骨や首の骨は見つかったものの、狙いの頭部は見つからず。
集まった中ではボンゴが見つけた首の付け根の骨が一番おもしろい骨かなと思う。
私は小さな貝を2つ拾う。そのうち一つはチャームに加工したいイメージができている。いつ実現するかは知らんけど。
31日、石焼をしに嘉陽の浜へ。石と薪を集めて、石を焼く。その間にちょっと泳いだり。今回は、自分の装備を付けてるので、チャプチャプコースで小さなさかなと戯れてみたり。
鶏も芋もカボチャも石焼にすると美味しい。
1日、堀さんと内田さんと合流して海洋文化館の見学。海洋文化館は3回目くらいかな。ここでアダンサミットをやったときに、けっこうちゃんと見学たのだけど、展示数も多いし、自分の知識が増えたりして、いつも何かに気がついて驚く。今回は、タパの柄とベッコウ細工が綺麗だと思った。
アダンサミットのときに野研のみんなで何泊かしていた備瀬を散歩したら、観光客が多くなってたり家が建て替わっていたりと雰囲気が変わっていました。相変わらず、写真を撮れば映える風景が点在しているけど、なんだかちょっと落ち着かない。
【ラグジュアリー2期】
2日は、読谷にある金城実さんのアトリエへ。映画監督の三上知恵さんもアトリエで待っててくれる。目的は金城さんのかくし念仏の話を聞くことと三上さんが制作に関わっていた辺野古の問題を扱ったテレビドキュメンタリーをみること。
金城さんの先祖崇拝では権力と戦えないという話。「今の私の生活」を守りたいという想いは、戦争に反対するシンプルなロジックだと思いつつ、それだけでは、あるいは戦争に加担する側にまわってしまうかもしれないとも思っていたけれども、その不安のスケールを広げて考えると、金城さんの気づきと重なるかもしれないと思いました。
三上さんの映像を観て、あれ?と思う。1996年ごろの映像。確かにこの頃はこうだった。沖縄の怒りが大きくうねって、日本を動かしていると思っていた。普天間は返還され、沖縄の負担を引き受ける覚悟が問われてると思っていた。そして、沖縄と同じく大陸との前線にあたる福岡はなにかを負担することになるかもしれないと思っていた。その頃の北九大は、たびたび隣の自衛隊に離発着するヘリの音がして、たびたび空砲が鳴っていて、そんなリアリティがあった。いずれにしても何かが変わると思っていた。まさか、こんなふうに30年間も事態は膠着して、ただただ自然破壊だけが進むなんて思ってもいなかった。
夜は、台風も心配だったのでテン泊を諦めてピータンハウスへ。
ピータンは、旦過の大學堂の2階を改装したときに参加してくれた建築系メンバーの一人で、いろいろあって、今は沖縄で建築事務所を構えている。コンクリート打ちっぱなしのオシャレな3階建てのビルの1階が事務所で、2階と3階は民泊施設として使われている。今回は3階の1LDKの空間に泊めてもらった。LDの壁一面が大きな窓になっていて、全部開けると壁のない空間ができる。お風呂の壁も一面窓で、お部屋とお風呂から夜景と海が見える。うまく表現できないけど、なんだかすごい。カーサブルータスに載ってそうと言えば伝わるかな、伝わらないか。
3日は、台風の影響で雨が断続的に強く降る。土砂降りの雨を避けつつ、佐喜眞美術館へ。入り口で黒田征太郎さんの作品に出会う。チケットも黒田さんの絵が使われている。明るい太陽の下、鳥が緑を咥えて飛んでいる。美術館の人の解説を聞きながら沖縄戦の絵をみる。
お昼は、ナカンダおすすめの台湾料理屋で小籠包とルーロー飯を食べる。駐車場にはレンタカーはほとんどなくって、店内は地元の人たちでいっぱいの店だ。今回の旅は、野研の沖縄メンバーおすすめのお店にいけるので、あたりの店が多い。沖縄メンバーの舌は信用できる。
雨が少し落ち着いている時間にチビチリガマで金城さんの作品をみる。ガマの中には入れなくなっていた。沖縄戦の現実を伝えたい気持ちと自分の家族に穏やかにねむっていて欲しい気持ちが両立できない苦しさを想う。
ピータンのラグジュアリールームで夕飯の準備をしながら、だだ、ろんぽー、ボンゴが出演しているチーカーのFM読谷の番組を聞く。きりゅうさんが合流して、ナカンダとチーカーも来てくれて、にピータン事務所でご飯を食べる。
4日、ピータンハウスをあとにして、今夜からの宿は、あがり浜のノエの民宿へ。その前に江上さんと小島さんのお宅で昼食をいただきながら、楽しいおしゃべり。江上さんの話題は豊富で、沖縄の知事選やインドネシアの生活、コロナ禍以降とAIの発展した現在の大学教育のことVIVANTの阿部寛のことまで。ゆっくりと食事の時間が進んでいく。食後に江上さんの織物のコレクションを見せてもらう。布好きの私はちょっとテンションが上がる。手紡ぎ、手染め、手織の布は繊細さと力強さがあってとっても素敵。だけど、高価なものだし、ひとまず自分には使い方が思いつかなかったので購入は見送り。
【学会期】
夜はノエのお宿のある東浜へ。東の浜と書いてあがり浜、沖縄風にはあがい浜。日が上がる浜なんだね。宿のスタッフさんやノエの家族、なかんだかりも合流して晩ごはんを食べる。瀬戸からあやさんとかめい先生も到着していよいよ学会へ。
5日は、今回の旅の目的である日本子ども学会初日。子ども学会は、小児科医や発達心理学者とか教育学系とか子どもに関連するいろんな分野の研究者が集まる、比較的こぢんまりした学会。小児医学も発達心理学も教育学も保育学もそれぞれにメイン学会があるのだけど、学際的な研究やシンポジウムの発表はやりやすい学会かなと思う。
6日は、9時から90分のラウンドテーブルセッションで、幼稚園での研究についての報告をする。だいすけ、ほりさん、きりゅうさん、私からそれぞれ報告をして、総合ディスカッション。私が司会をしていたけど、ディスカッションの時間が取れなかった。終わった後に、私からのまとめをせずに、すぐディスカッションに入ったほうがよかったとだいすけからの指摘。そうだね。反省。次の保育学会でのシンポでは、気をつけよう。
あやさんとかめい先生から、この発表内容を幼稚園の職員にも聞かせたいというリクエスト。11月の研究会でも話をすることになった。先生たちの反応が楽しみ。
この日もノエのおすすめのそば屋でみんなでもずくソバなど食べて、沖縄のだいたいの予定は終了。
7日は夜明け前から大阪に出発する人たちを空港に送り届けて、自分の飛行機の時間までひとやすみして、レンタカーを返したら沖縄の旅は終了。
このほかにも、きのこのおすすめのおいしいパン屋でパンを買ったり、初日に入ったソバ屋が案外あたりだったり、おいしいインドネシア料理やタイ料理を食べたり、食べることにまつわってそのとき話したこととか、気づいたこととか、書ききれてないことがたくさんあった。ぎゅうぎゅうに体験が詰め込まれた沖縄旅だった。