2023年1月19日木曜日

研究会と新年会

 

冬にしては暖かく、どこまでも青い空が続いていた日だった。

 

1人で門司港に向かう電車の中、自分の今の生き様についてempty、空であると日記に綴った。ただただ揺られながら、流れる窓の外の山々を見ていた。

 

岩田さん宅に着くと、海の近くに住む民族の研究者たちが各々の研究について熱く語っていた。私の隣には、少しも逃すまい、というようにカタカタとパソコンでメモを取る研究者。発表者の発言にうーんと声を出して反応する研究者。大雨の降る研究地からzoomを繋いで発表する研究者。知らない言葉、難しい言葉。

 

そして最後の研究者が発表を終えて、いよいよ新年会の幕開け。準備のために台所と広間を何度か往復した。岩田さんちの暗くて長い廊下には大きな鏡がある。1人だと少し怖かった。

 


鏡を通り過ぎると、ふすまがあってそこを開ければみんなとお料理が待っている。かまのお鍋2個にお刺身の盛り合わせ3台と魚づくしでかなり豪勢。みんなで料理を楽しみお酒を交わした。

 

研究者も岩田さんもみんな海外に住んだ経験のある人たち。私の右の研究者が「日本を飛び出してみるもんだよねえ。なんとかなる。」と言うとみんな大きく頷いて賛同した。

 

自分の訪れた国での出来事や文化の話をして共感しあったり驚いたり笑ったりして、あっという間に時間が過ぎていった。みんなの話は面白かった。大學堂や北九大のことを良く言ってくれる優しい人たちだった。終電の時間が近づいてきたからかえるくんと2人で帰った。

 

イルミネーションが門司港の木々を飾っていた。お昼は暖かったといってもやはり冬だ。日が沈んだ夜は寒い。深夜の車両には2人だけだった。貸切だねと笑い合った。お互いの好きなものの話をしたりして小倉に帰って行った。

私の心は行きの電車よりもずっと暖かく、満たされていた。




 はんざき

2023年1月11日水曜日

映画と講演ウィーク1/18-24

 来週の野研と北九大は、映画と講演ウィークです。すべて北九州市立大学A101大教室が会場です。皆勤賞を目指してぜひご参加ください。

■1月18日(水) 18:00-19:40 文化資源調査隊「語られる戦争、つなぐ平和 北九州平和のまちミュージアムの挑戦」講演:重信幸彦ほか @北九州市立大学本館A-101 要予約無料


■1月20日(金)18:00-21:00 北方シネマ定期上映「水になった村」講演:大西 暢夫監督 @北九州市立大学本館A-101 一般1200円/学生500円



■1月22日(日)11:00-12:45/14:00-15:45 小倉昭和館特別上映「ワン・セカンド:張芸謀監督」講演:竹川大介 @北九州市立大学本館A-101 一般1000円/学生500円



■1月23日(月)10:40-12:10  どうぶつのみかた特別講義「琉球諸島の世界自然遺産」講演:伊澤 雅子 いのちのたび博物館館長 @北九州市立大学本館A-101 予約不要無料



■1月24日(火)13:00-14:30 人類学概論特別講義「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」講演:森達也 監督 @北九州市立大学本館A-101 予約不要無料

2023年1月8日日曜日

鬼夜

人生において
大切なことの多くは
一期一会である

たとえ目の前にあっても
のがしてしまったものは
もう手に入らない


たまたまその場所に
いられるかどうかは
偶然ではなく
直感である

直感を磨くためには
経験しかない


 そういう循環の中で
フィールドのセンスは育っていき
人生は回っていく

旦過市場のアートプロジェクト

 タイ人アーティスト ナウィン・ラワンチャイ クンによる旦過市場のアートプロジェクトがはじまった。



ほかのアーティストの仕事を見ると自分達がしていることがよくわかる。彼の作品の中には私たちの奥能登や旦過と共通する要素がたくさんある



アート集団の野研もコラボレートして作品を作りたい。


2022年12月28日水曜日

生前葬

 【死と再生 その1】「死と再生の宴」が終わった。もともとこの企画は、火災直後の大學堂の存続が危ぶまれていたときに、生前葬のような気持ちで立ち上げたものだ。大學堂の生前葬なのか、私自身の生前葬なのなのか、わからないけど。昨日はずっと、自分の葬式も、こんなにぎやかで楽しければいいなと考えながら、その場に立ち会っていた。「ありがとうみんな」と空の上にいる気持ちで。



【死と再生 その2】野研というのは、私自身が学生時代に京都に育てられた学びの環境を、九州でも実現したくて20年以上前に始めた自主ゼミだ。よく誤解されるが、野研も大學堂も私のための事業ではなく、次の世代の人たちのための事業である。私もメンバーの一人に過ぎない。





【死と再生 その3】大學堂の場が、古い市場に求められたのも、決してなにかのノスタルジーではなく、野研の新しい学生たちが、なにか次のことを始めるための最初の足がかりとして、市場が持つあの熱量がふさわしかったからだ。そしてこれまで旦過市場と大學堂には、たくさんの野研メンバーが育てられてきた。


【死と再生 その4】もちろん私自身も大學堂でたくさんのやりたいことを、させてもらった。でも、そんなときでも、どこか、「面白いことってこんな風にやるのだよ」と、新しい人たちに自分の背中を見せるような気持ちだった。学ぶ立場と教える立場の気持ちが交錯した。



【死と再生 その5】私にとっての大學堂は、火災の後の解体で完全に終焉した。すでに、その前の旦過市場の再開発の話が出たときから、もう大學堂は終わりだ、という気持ちがあった。だから「再生の宴」は、次の人たちのための宴だったのだ。あのプログラムも、すべて次の人たちのためのプログラムだった。長く野研や大學堂と付き合ってきてくれたベテランたちの中から、次のあたらしい芽が生まれる。先に死んでいくものは、それを空の上からそれを見ていればよい、そういう気持ちだった。


【死と再生 その6】そんな思いの一方で、この再生した大學堂を、次の人たちが必要とするかどうかはわからない。野研という学びの場も、それが重荷になるくらいならば、捨ててしまえばいいと思う。求められれば与えるが、求めるものがいなければ、もう与える必要はない。


【死と再生 その7】今日は、過去の野研や大學堂のメンバーが集合する同窓会である。もともと同窓会のようなノスタルジーが嫌いな私は、すでにはじめから後ろ向きの気持ちである。過去の人たちと昔を懐かしむよりも、未来の人たちと新しいことを始めて遊びたい。でも2022年に、ひとつの時代が終わってしまったことも、受け入れなければならないだろう。この同窓会も、大学退官の最終講義みたいなものだと思えば、受け入れられるのかもしれない。つまり、これもまた、ひとつの生前葬なのである。






2022年12月11日日曜日

とおくをみやる

 


寒いねと話しかければ寒いねと


答える声を殺す銃声



寒いまんまだね

2022年12月1日木曜日

怪しいチラシ

今朝、学校で配られたチラシ。

参加費も、連絡先も、書いて無い。怪しいチラシ。



笑って居るけれど、何処か狂気じみて居る。

そもそも、ドームとは何なのだ。そのスター☆ドームとか言うもので、何をしようと言うのだ。

もし恐ろしい儀式めいたものが、ここで開かれようとして居るなら、何としてでも止めねばなるまい。ここは僕らの街だ。僕らが守らなければ。

チラシに書かれた日に夢広場に向かうと、まだ太陽の監視がある内から、怪しい集団が儀式の準備を始めて居た。

長く割かれた竹を繋いで組んで、巨大な半球が形作られて居る。これは牢屋であろうか。生贄を捉えて逃がさないようにするための。

大人にも子供にも見える怪しげな集団は、着々と儀式の準備を進めて居る。車を乗り上げ、沢山のコードが付いた機械を下ろす。ドームに幕をかけ、その内部を隠す。その不審な前座に、夢広場に居た小さな子供たちが気を取られ始めた。

太陽が沈んだころ、遂に奴らは動き出した。あろうことか、公園で炎を焚いたのだ。



僕らの公園が、紅く染まる。合わせて、僕らを誘うように音楽が鳴り始めた。何も知らない小さな子供たちはハーメルンよろしく吸い込まれていった。

白い幕の張られたドームには巨大な影が蠢き、血のように赤いハートの描かれたドームの隙間には、色鮮やかな大粒の雫が見え隠れして居る。



繭のようなドームもある。その中を覗くと、言いようのない不思議な香りが鼻腔に流れ込んで来た。一体何が孵ろうとして居るのだろうか。



子供たちは奇声を上げ、走り回り、最早夢広場は地獄の体裁を成して居た。いとも簡単に、僕らの日常は奪われたのである。

次第に、或る者は手首が発光し、また或る者は炎を前に踊り始める。とうとう完全に奴らの手中である。この儀式は子供たちを生贄に、奴らの仲間を増やすものだったのだ。



後悔先に立たず。眺めて怪しむだけでは、守ることなどできないのだ。行動しない者に、結果は伴わない。僕の無力さを嘲笑うように、遠くで月が浮かんで居た。

あの月は、見たことがある。あの、全ての始まりのチラシ。奴らは全て計算して居たのだ。





僕は逃げ出した。どうすればよいのかもう分からなかった。悔しさと怒りで胸が詰まる。涙で帰路が見えなくなったが、点々とした明かりが僕を導いてくれて居た。


 

それはこの街の命の灯火のように見えた。まだだ、まだ終わって居ない。僕らの街を取り戻すのだ。

僕はアスファルトを踏み締めて帰った。







翌日、僕はまた夢広場へ向かった。昨日は眠りに就けず、ずいぶん遅い時間になって起きたので、少し焦った。

夢広場に辿り着くと、そこにはいつもの光景が広がって居た。遊具と、自転車と、子供。ドームも、巨大な影も、機械も忽然と消えて居た。

誰も、あの夜のことを覚えて居ない。ただ、怪しいチラシだけが、家のテーブルの上、朝刊の下敷きになって残って居る。

だけど、僕は覚えて居る。あの夜、何があったか。あの集団はあの儀式は、きっと次の場所に行ったに違いない。そして、また子供たちを拐かしているのだ。

君の街が、その標的にされないことを願う。そして、もし狙われたのなら、君は行動を起こして君の街を守って欲しい。