2023年5月7日日曜日

南米の風吹くかたわらで

 

母親の左膝からのけ反って身を乗り出した少女の瞳には、反骨のあかりがほのかに灯っていた。仏壇の前で飛び跳ねている少女を、母親の腕のなかの妹がじっと見つめる。妹はまだ泣くことでしか気持ちを伝える術を知らない。ときおり声にならぬ声を発して、皆の注目を一手に引き受ける。久しぶりの空間で、遊びたくてたまらないといった様子の少女は父親になだめられ、母親の隣に不満げに座った。母親は少女の手をとり、言い聞かせた。

「ほら、ちゃんと手合わせるよ。帰ってきましたーて」

「じぶんで、する!!」

 

親子のいる仏間ではない、どこかで。

 

南米の風が吹いていた。人々は上気し、手を取りあって足取り軽くリズムを刻んだ。名前も声色も分からない相手でも、不思議と視線があえばウインク一発。Cabeceo(カベセオ)。マーシー&マギ、ケンジ&リリアナにつづく、新たなダンスペアが誕生した。レアンドロから学んだ八つのステップを思うがままに組み換え、皆の視線を独り占めした者がいた。とある観客は、かつて恋焦がれた異国への情熱を、目の前をくんずほぐれつ縦横無尽に行き交うダンサーが散らす筋肉と汗腺の火花に見出した。また別の観客は、畳で正座を保ちつつ、本当は今すぐにでも立ち上がりたいという欲求と周囲の目線を気にする自分とのはざまで格闘していたのだ。最高のパフォーマンスを発揮しようと全身全霊で音を奏でながらも、ときおり互いに目くばせしながら各々のアレンジを利かせ、今回限りのふたつとない音楽をつくりだそうとした演奏者たち。はじめから譜面に描かれていたように、寺社建築の木組のように違和感のないアレンジ。ここから抽出された音のスパイスは、普段の潮風とは違う新たな香りで、大広間を包みこんだ……すべて、空想だ。空想は止むことを知らないので、きっとこれ以上のものが生まれた現場に身を投じていた者たちの筆致に期待しよう。

 

 仏壇に手を合わせる親子の後ろで、私は若園の兵間仏閣堂に行ったときのことを思い返していた。企救郡の歴史とリンクする、ある一家の記録が見られるというので店を訪ねたのだが、フタを開けてみるとそれは期待していたような代物ではなかった。それよりも、店主の竹上さんが出会ったお客さんや関係者との話のほうがずっと面白かった。そして、私の家の話をした。

 

「いま住んでる門司の家は、毎日必ず仏壇の前を通らないといけないので。なにもせず無視するのもなんかわるい気がするので、いつも線香ひとつと手だけはあわせてますね」

「そう。その手をあわせている一瞬のあいだ、『お浄土にいける』と我々の業界では言う」

 

   線香の煙が部屋の灯りを透かし、ちぎれた蜘蛛の糸のように浮かぶ。おりんの音が消えたのを合図に、親子はお浄土から帰ってきた。

「もう小学校やったか」

「まだまだ。再来年です。4歳になりました」

「そうか。最後にきたときは、まだ言葉もしっかり話せんかったよね」

2歳?だったかな」

夫婦は、夫の伯父にあたる人物と、その横の見知らぬ男を相手に近況を話した。母親はときおり、座布団に寝かせた次女に目を落とす。母親と見つめ合うたびに、次女は腕や足を振り、なにかを伝えようとする。泣くのは最終手段のようだ。そして長女は仏間の香りがしみついた柏餅を頬張っていた。

「もうそこまでね。ご飯たべられんなるから」

母親に忠告された長女は、食欲を霧散させるかのようにおもちゃ探しに奔走した。私が台所でお湯を汲み仏間に戻ってきたときには、小人の世界が誕生していた。

 


 


「写真とって!物は動かさんで!」

ペットボトルも大事な要素なのだ。

0 件のコメント: