2026年10月23日金曜日

ソロモン2週目

フィールドに来たら頭がわるくなった。

ローカルマーケットの野菜はセントラルマーケットから運ばれる


ホニアラに着いてから2週間が経った。

わたしの住む家には、母親、20代の3人娘、その親戚である2人のおじさんとおばさんの6人が常時暮らしているが、そのほかにも5人くらいの親戚が入れ替わり立ち替わりそこらに寝ていたりしゃべっていたりする。3、4日住んでいた人が突然パタリといなくなり、代わりに見たことのない家族がまた3日くらい居着いていたりする。




毎日イモとバナナを食べる


ありがたいことに個室をいただいているが、できるだけ居間で他の人と一緒に過ごすようにしている。家族が働きに出る昼間は、私も外に出てNGOのオフィスを訪ねたり、知り合いになった人に会いに行ったりする。ひとりでものを考える時間があまりなく、ただ目の前で起こる出来事にかじりつくばかりだ。



急に荷物を運び出したと思ったらシロアリ



目的地に向かって歩いているときでさえ、すれ違う人たちがみな興味津々に見つめてくるので油断ならない。人がいない折に『力と交換様式』を開きつつ、常になにかが起こっているのではと周囲の状況が気になっている。とにかく周りの人の様子を見て、2歳児レベルのピジンで語りかける。それしかできないから。




ツナに螺鈿をはめる



NGOのスタッフや大学の先生とは英語で会話するけれど、英語でプロジェクトや研究の話をするのは、ピジンをしゃべる時よりもさらに不自由な感じがする。なまじっかわかる分理解しきれない状態が実感できるし、日本語では深められる話題でも英語では軽くなぞるくらいの表現しかできない。すたすたと説明される言葉に懸命に耳を傾けても、6割くらいしか理解しきれないとき、そして何も質問しきれないとき、自分はなんとおばかさんなのだろうかと絶望。


環境省を訪ねる


もっとメタな視点で状況を見れたら、聞きたいことや知りたいことがわかるかもしれない。でも、今はカオスのなかに頭を突っ込んでおこうとも思う。そのうち濁りが沈んできて、周りがよく見えるようになってくるはず。



ラナディ・キャンパスでリンドンに会う


Save the Childrenのナンシー



京大で会ったサマンサとおしゃランチ


守恒本町の規模感


歌の夜



大学で友達作り



日曜学校はちょっと退屈だった


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