行橋のカボチャラダムスの展覧会と、田川のスズキコージの展覧会をはしごした。
2022年7月31日日曜日
スズキコージ
求海心満
今年二回目の海。
もう激夏。暑いし、天気いいし、海に行くしかない日。海を求める心を持った私たちは、満を持してとある場所に向かった。
車が出発した途端、風向きを呼んだだだは東風につよい浜を選択。
いつも行く場所より近い海だった。
波はなく、風もなく、太陽はぎらついている。
私は初めての浜・初めてのマスクでちょっと緊張していたが、入ってしまえば、あとは心が満たされ切るまで海を楽しむだけだった。
ビギナーズラックでいきなり魚をゲットしたが、まさかの銛故障でちょっと帰るのが遅くなってしまった。だだはどんどん魚を突いていく。でっかい魚をぎゅんぎゅん。見つける眼が。
お昼はだだがいっぱい魚をとったので満ち足りた美味しい魚を焼いて緑と紫のサプライズ宝石粒を食べた。壊れた銛には持ってきていたパンクチューブを使った。ぐらんぴんぐで五右衛門風呂の栓に使ったやつの余りをなぜか突っ込んでいた。それがもうドンピシャピッタはまって銛が直った。午後の海をどうしようか迷っていたが、これで楽しい海生活の復活だ。さすらい野鍛治・大介屋は浜でも漁具を直してくれる。
午後はふやふやしているカワハギでさえ何匹もとり逃してしまった。何度も失敗した後、つののカワハギをゲットできた。嬉しかった。まただだはたくさん魚をついていた。今年もたくさん海に行ってだだみたいになりたい。
帰りの貴族の車の中で首が筋肉痛になっていた。したばっかり見てしまっていたからだろうか。程よい筋肉痛で緩やかにだるくなった身体はまだ海の中を泳いでいた。
編集後記:前回の投稿同様、写真を撮り損ねました。今度からはもっと撮影を意識していきたいです。あとマジでいい海でした。これを3人で味わうには勿体なさすぎる感じです。
ぐらんぴんぐをした!
7月の最後から一つ前の週に、奥田さんの牧場でぐらんぴんぐをしました。
奥田さんさんの牧場は、とっても気持ちいいです。
川が流れていて、大きい畑があって、たくさんの牛がいて、3匹の犬がいて、森があって、竹山があって、バナナの木がある、山の一番上の場所です。
そこにはスタードームが常設してあります。(サウナにする予定だったんだけど。。)
その中に、いつの間にか、ブランコが入っていました。
そんなのもう、ぐらんぴんぐするしかありません。
お昼は釜でお湯を沸かしてうどんです。
ぐらんぴんぐなので、お湯を沸かす時はファイヤースターターでも、ライターでもなく、バーナーです。一瞬でファイヤーです。
能登以来のグリグラの登場です。
サウナドームの練習や、たけのこ掘りで常連のたわしもいます。
お昼を食べたら、お風呂の準備です。
お風呂は五右衛門風呂です。どこにおこうかな。
バナナの木の下におきたいな。でも、草がボーボーだ。
この前、合馬で習ったビーバーをおかわりと使おうとしました。
牛はみ、と言われた草刈り技術を磨きたかったけど、一旦草刈機を渡してしまうと、熟練の足運びであっという間にかずおちゃんが刈りきってしまいました。
かずおちゃんはなんでもやってくれます。でも、思った以上になんでもやってくれるのでいつもびっくりしてしまいます。
そのあとに残念なお知らせがありました。一番近い蛇口が壊れてしたのです。
水は川から汲むしかありません。おっと。ホースが短すぎてバナナの場所まで水を運ぶことができませんでした。
川は涼しくて日陰で気持ちいいです。でも、夏なので蚊がたくさんいました。
みんな蚊に刺されまくって、殴り合いの後のように顔がぼこぼこでした。
貴族のあしはクランベリーパンのように赤くでぽこぽこになっていました。いいにおいの虫除けスプレーをかけていたのにたくさん刺されてかわいそうでした。
お風呂はとうとう、畑の上に置くことにしました。
そこは、まちの様子も、竹山も、空も、畑も、全部を見下ろすことのできる素敵な場所でした。近くに蛇口もあるので水の補給もバッチリです。
ただ、そこは、道路沿いで超オープンプレイスです。だから、朝風呂は危険だと思います。奥田家の朝は早いですし。
お風呂の場所が決まったら、すっかり夕方でした。
バーベキューの時間です。奥田畑の採れたて野菜・そがPの大きいホタテ・奥田精肉店の小倉牛にビールと日本酒。こんなに最高なセッティングのぐらんぴんぐ、ここ以外にどこでできるでしょう!いや、ここでしかできません。しかも朝の段取りわるわるな私に付き合ってくれた優しいみんなとスペシャルバーベキューの網を囲むのです。素敵ナイトが過ぎますね。
ほろ酔いでお腹も満たされた頃、お風呂のお湯がいい温度になりました。
奥田牧場では、お風呂が沸きました、はお姉さんでなくて風が教えてくれました。
グリグラのバスタイムの間に、夜の映え映えスタードームでだだのコンサートが始まりました。バエバエが止まりません。
私たちのお風呂の番になりました。
お湯加減はぴったり、(本当はちょっとぬるめだった。)夜景は最高です。
星は少しだったけど、朝降っていた雨は止み、街の光も遠くにキラキラしています。ドームの方からは微かにだだの笛が聞こえます。体の芯からあったまる、心も体もぽっかぽかな夜に乾杯な気持ちです。
このぐらんぴんぐの良さが伝わるように、モデル・DADAのお風呂タイムにはキャメラマンとして参加しました。
夜は天幕をかけたブランコ付きぐらんぴんぐ用スタードームでみんなで眠ります。
私の家にはエアコンがないので、いつもはエアコンのある友達のお家にエアコンっジプシーをしていますが、ここはとっても涼しいです。なんなら少し寒いくらいです。
朝になったら、奥田家のいろんな人が起きてきました。
コロナがまた増えてきて、心配な時期だったけど、みんな私たちが来てぐらんぴんぐすることを面白がってくれたし、ちゃんと寝れたか聞いてくれる、とっても優しい人たちでした。いつもいつもありがとうございます。
朝ご飯もぐらんぱーは違います。ぐらんぱーの必需品・ホットサンドメーカーを使います。
朝からビッグホタテです。ビッグホタテをホットサンドメーカーにぎゅーです。もはや意味不明です。こんなリッチな朝ご飯を食べる人は、全世界に何%いるのでしょうか。
私たちはぐらんぱー初心者なので食パンを買い忘れてしましました。でも大丈夫。朝からビッグホタテを喰らう、超人ぐらんぱーは格が違います。おむすびを挟んでホタテ汁をかけた、旨汁しみるお焦げカリカリベルデリや、半熟卵と朝どれ野菜のオムレツ〜ホタテの旨味とブラックペッパーを添えて〜を作りました。
お山散歩もしました。メットは新しい言葉を覚えました。でもそれが何か書こうとした今、忘れてしまいました。思い出したらまた書きます。
こんなにエキゾチックなぐらんぴんぐ、参加しない理由ある?
編集後記:今度はクラッチと段取りをもっとシュミレーションしてから行きます。
2022年7月30日土曜日
大仏造立ワークショップ
ハラルト・シュトゥンプケという学者が、かつてハイアイアイ諸島だけに生息した動物「ハナアルキ」に関する著書を発表した。また、彼の友人であるペーター・アーマイゼンハウフェン博士は数々の珍動物(隠棲動物)の研究にその生涯を捧げた。そして今回、彼らが生きていればどんな手を使ってでもその正体を解明しようとしたであろう、新たな珍生物の存在が報告された。
今回の報告は、アーマイゼンハウフェン博士の友人・鹿鳴介(大阪大学教授)に師事する留学生ジャン・クロードによるものである。余談だが、ジャンは大の犬好きである。彼が子供の頃、何者かにさらわれたまま戻ってこない愛犬の帰りを今も待ち続けている。
ドルミエンテ・ペンナニンブス(Dormiente
pennanimbus)
(和名:ホトケダマシ)
界:動物界
問:脊索動物門
綱:爬虫綱
生息地―――――最初に目撃されて日が浅いため、この生物の生息地は未だ判明していない。これまでに福岡県、鹿児島県、宮崎県、奈良県、東京都で目撃されていることから、少なくとも九州地方を中心に分布していると思われる。
観察年月日―――――2022年7月27日・福岡県北九州市小倉北区魚町 旦過市場
全体的特徴―――――亀の甲羅のようにケラチンで形成された外骨格を持ち、体表はどの個体も灰色である。学名は、その姿がまるで人が座ったまま眠っているかのように見えることと、背中から羽が生えていることに由来する。体長は10センチメートルほど。
形態―――――まず、多くの人がこの生物を目にしたとき、ツノのような突起に目を引かれるだろう。この突起は-その体表に似合わない黄色いツノは-はじめは他の生物から身を守るためのものと考えたが、強い匂いや毒性は確認されなかった。また、伸縮もせず、ただツノのように生えているのみであるため、こちらが注意を怠らないかぎり-誤って手のひらで包むようなことをしない限り-危険性は低いだろう。もうひとつ、へそらしき場所に銀色の棒状のものがみえるが、こちらも同じように毒性はもたないようだ。
第二の特徴として、背中に生えたハネが挙げられる。このハネは昆虫の翅と同じようキチン質でできている。まるで神がほんの出来心で描いたような、植物の模様のような翅脈によってそれは支えられている。
「突起にかんする特記(眼科の待合室より)」
欄干の上にいたこの生物に触れようとした瞬間、わたしはまるで死後の世界のような真白な世界に降り立った。この生物のツノにさえ注意しておけばよいだろうと甘くみていた私への、アーマイゼンハウフェン博士からの戒めだと認識せざるをえなかった。というのも、私の指先が体を触るよりも速く、この生物のへそらしき場所から銀色の突起が伸び、その先端-ホシバナモグラの特徴的な鼻のような先端-が強く発光したのだ。マグネシウムが燃焼し酸化マグネシウムへと変化する際に生じるような白い光がいくつも集合し誕生した、手のひらサイズの太陽が目の前で炸裂したのだ。これにより、私は知的好奇心と引き換えに、一時の視力と高い初診料を失うことになったのである。
2022年7月6日水曜日
よみがえるタンゴ、ありありと
ピアニスト・中村紘子の私見によれば、昆虫類はピアノの音を好み、爬虫類とくにヘビはヴァイオリンの音を好むらしい。だとしたら、人間はどの生き物に近い好みを持っているんだろう。人それぞれやろ、んなもんと言われてしまえば、それまでの話。
数を増していく手拍子、次々と繰り出される音の連なり、熱く息づく踊り手。しまいには、客なのか踊り手なのかよくわからない者たちでアーケードの一部を埋め尽くしたあの日。あれは「ミロンガ」だったのだと、横の席から降り注ぐ香ばしい煙のなかで気づいた。
「いーち、にーい、さん、しー、ご。ろく、なーな、はち」
講師レアンドロが口ずさむ番号に合わせて足を動かす。緊張しているのは、人と手を繋ぐのが久しぶりだから。手のひらにうっすら汗が滲む。相手が気持ち悪く感じていないかと不安になる。また変な汗をかく。
「力はいらない。リラックスして」
右手を相手の背中に添え、左手を少し上に掲げる。どの高さがちょうどいいのだろうと考える。もたもたしていると遅れてしまう。自分の膝と相手の膝がぶつかる。なかなかうまくいかない。つい、いわつさんに小声で「これで合ってます?」と聞いてしまう。いわつさんは「大丈夫。大丈夫」と励ましてくれたが、これではダメなのだ。タンゴでは男性はリードするのが仕事なのだから。相手がこちらの動きを待つことができるように、振る舞わなければならない。いわつさんはたとえ相手が僕でも、僕がリードするのを待っている。動きが僕と同時ではなく、ほんの一瞬のコンマ何秒というぐらいの差で、遅れて動いている。相手がプロのダンサーであれば、この動きのズレが素人目では分からないほど短いものになるのだろう。
しかし、動きを繰り返していると、氷が溶けるようにゆっくりと、焦りや緊張が薄れていく。同時に、なんだか楽しくなってくる。自分は踊れるんではないか、もっとイケるんではないかという気持ちが芽生える。もっとラクに、楽しく踊って良いのだ。レアンドロは途中の順番を飛ばして踊ってみたり、同じ番号を繰り返して踊ってみよう、と何種類かの踊り方を教えてくれた。
気持ちに余裕が生まれると、疑問が浮かぶ。1、2、3、、、という順番は3、2、1と戻して踊ってもよいのではないか?…と質問すると、レアンドロは自身の左胸に拳を当て、サムズアップした。音楽のリズムに合っていて、そして相手が心地よく踊ることができれば、ステップをどう組み合わせてもかまわないのだ。
レッスンの後、少し空いた時間に谷本さんやいわつさんと話した。レアンドロにはもうひとり、レッスンを待つ生徒がいるようだ。ムーブの待合室で、メットは自分のダンスのこと、そして僕は小学生のときにしていた神楽の話をすると、谷本さんは「おもろいなあ。英才教育やないですか~」と言って、自身のタンゴがなかなか上達しないことを吐露した。
「どうしても仕事とかで、長い期間レッスンに通えなくなる時期がある。だから、なかなか」
「はじめは、“え、俺が踊る?いやいや、楽器弾くほうでいいよ~”とか思ってたけどね」
ダンサーたちのことも聞いた。
「初対面だとしても、何の打ち合わせもなしに踊れるもんなんですか?」
「ものによっては決まった振付があるから、そういうのは練習がいるね。でもミロンガとかで自由に踊る分には、彼らは初対面でも踊れる。“カベセオ”と言って、踊りたいと思った女性に男性が視線を送るんだよ。そして、こうクイッと頭を動かす。そこで相手の女性も目を合わせてくれれば、それでペア成立。バチっと決まれば、初対面でもふたり同時に立ち上がってスムーズに踊りはじめる」
「“あの人の踊り、いいなあ~”とか、“あの人と踊るなら、こういう音楽のときに、こう踊ってみようかな”とか考えながら、ね」
とくに印象的だったのは、トリオロスファンダンゴスの演奏が変わったときのエピソードだ。
本場のアルゼンチンでミロンガを目にしたとき、自分たちの音楽の在り方を考えなおしたという。ここでおもしろいのが、それをわざわざ言葉で伝え合わずとも、それぞれの変化を皆が感じ取ったこと。パーティー後の練習のはじめから、三人ともハッキリとパフォーマンスが変わった。演奏を変えてもう一度ライブをしたとき、観客の「そうそう。そういうことです」といわんばかりの反応を見た。決してこれまでの反応が悪かったわけではないが、もしかしたらイロモノを見て楽しむようなものだったのかもしれない…と語る谷本さんの後ろでエレベーターの扉が開いた。目立つ蛍光オレンジの靴を履き、キャリーバッグを引くレアンドロの姿が見えた。
とうに夏至は過ぎたものの、そう簡単に日は短くならない。最後の生徒のレッスンを終えたレアンドロも加わり、河岸を変える。僕はいわつさんとレアンドロのスペイン語の会話を聞きながらふたりの後ろを歩いていた。昼間の暑い日差しは嫌いだけど、このぬくぬくした夕方は好きだ。頭上を走り抜ける陽の光が、艶のあるカナリア色からおぼろげなピンク色に変わる。勝山公園を横切るとき、シベリアンハスキーらしき犬が立ち上がり、飼い主とじゃれ合っていた。これもダンスみたいなものだとか言ってしまうのは、安直か。近所の犬・サブリナとは最近会っていない。生きているだろうか。
横断歩道を渡った先で焼き鳥の匂いが漂う。鐘を打ち鳴らす音がどこからか聞こえてきて、数歩先の地面に落ちていく。暗い駐車場と建物の間を抜けた先の店で、軽食をとることとなった。
ソースの溜まりの中に、ちらちらとパン粉が浮いている。ジョッキの底が、鈍い黄金色に光る。馬刺しの切れ端をちびちびと寄せ集めて食べながら、僕はレアンドロの話を聞いていた。つける醤油はほとんど残っていない。レアンドロは黒ビールの瓶を空にして、ときおりスペイン語を織り交ぜながら語った。
「聞きごたえのある音楽はすばらしいけど、踊りたくはならない」
この言葉を聞いて、どんな曲が思いつくだろう?と考えてみる。たとえばマタイの受難曲のように心に重く響く曲は、人を圧倒する力をたしかに持っている。聞きごたえはバッチリだ。でも踊ろうという気持ちにはならない。そもそも踊ることを考えて作られた曲ではないのかもしれないけど。ではタンゴで用いられる音楽は全て踊るため、タンゴのための音楽なのだろうか?そうともいいきれないんじゃないかなと考える。実際、レッスン中にレアンドロは踊るよりも先に歌いはじめることがあった。単純なテンポの良さや音の軽やかさ、楽器の違いなどではない気がする。そんな単純なもので、音楽の「聞きたい」「歌いたい」「踊りたい」「奏でたい」云々は区別されないと思う。というか、されないでほしい、という願望。
また会いましょうと挨拶を交わして、三人が改札を抜けるのを見届けた。すると、谷本さんだけが「ピッて言ってくれん」と切符を買いに戻ってきた。




