全国のクジラ・イルカ好きのみなさまへ。見逃せないクジラとイルカの人類学。8月11日。和歌山県太地町で。
2018年7月20日金曜日
2018年、海の日、ハマダイコン
海に行くのはニューギニア以来だ。
ニューギニアでは、儀礼の合間にナイトダイビングでテングハギをとっていた。海は暖かく、環礁の中の小さな波が時折体を揺らし、潜るだけで心地よかった。
海の日、天気はカンカンに晴れていて、真夏日だった。外で立っているとそれだけで汗がどんどん出て来る。ハマダイコンにはかつてない?ほどの海水浴客と「グランピング」の人たちがきていた。何かを採っているおじさんもいた。
ニューギニアで梱包して以来開封していなかった銛を取り出すと、部品が揃っていなかった。しまった。ダダに銛先などを借りて潜る。
人がたくさんいるせいか、魚影は薄かった。センスのないアルパカは見える魚しかつけないので、ダダのいない側で潜り適当に出くわした魚を突いて行く。適当なサイズの魚が適当な量取れた。センスがなくても魚はいればつけるけど、これから潜る人は効率よく魚を突けるよう、ダダが正しいやり方で教えてくれると思う。しばらく潜ると、あんなに暑かったのに体はどんどん冷えていった。やはりニューギニアの海とは違う。
日が暮れてきてから、陸にあがって、滝で水浴びをして、テントをたて、火を起こしてぶさぶさ達の到着を待った。ぶさぶさ達が到着すると、すぐに宴会が始まった。魚影は薄かったが、魚は十分にあった。キゾクが次々と酒をカバンから出してきて、潜った後なのにやたら呑んでしまった。
潜ってから呑むと、いつもと同じくらいの量の酒でも気づかないうちに酔ってしまう。鹿児島でも一度経験したが、あの時はすごい潮流の後の焼酎だった。今回は、ちゃんぽん。夜中に3度くらい目が覚めてもどしてしまった。
おかげで朝も起きれず、日が昇ってから海に入る。やはり魚はそれほど多くない。銛先の組み合わせの問題で、チョッキが取れず、3度ほど大きめの魚を逃してしまう。当たり前だけど、道具の準備が大切だということを今回は思い知った。それでも、適当に魚を突いて切り上げた。
久しぶりにかんかん照りの日光に当てられ、泳いで酒をのみ、体はクタクタになった。
すでに頭はあまりまわらなくなっていたが、キゾクの家に魚を運び、シャレメも合流して再び宴会となった。宴会の内容はなんだかあまり覚えてないが、ちょっとした事故?で歯を折ってしまったぶさぶさが、それにも関わらず酒を飲み続けていたのが印象的だった。仕事でもあまりうまくいっていないことがあるようで、落ち込み気味のぶさぶさだったが、これだけ遊んだ後に、宴会して一緒に騒げるなんて、ドキュメンタリー映画の監督はさすがにタフな人だと思った
。
はつうみ
海の日なので、海で泳ぐ。
先発隊のあるぱか、大介、いぼりは、その日の夜ご飯を調達。
ハマダイコンはベタベタで波もない。最高の海日和だった。
だけど連休のおかげか、異常な暑さのせいか、いままで見たことないくらい海水浴客も多かったし、テントもたっていた。
夜になって、きぞく、ぶさぶさ、ルー、あさぎも合流して、昼に獲った魚たちを食べる。
とれたての魚たちは焚き火で焼いて、最高級の日本酒と一緒にいただく。
チーズやワイン、バーニャカウダーにバジルペーストまで。
とても贅沢だとおもう。まるで今はやりのグランピングだね。
次の日は朝早くから潜る計画だったけど、飲み過ぎて寝過ごしたので、結局7時前からスタート。あるぱか、大介と一緒に朝ご飯をとりにいく。
朝食も、焚き火で魚たちを焼いたのだけど、暑すぎて倒れそうだった。
朝食後も再アタック。
今回わたしは初めて銛を持って泳いだのだけど、一匹もつけなかった。あるぱかや大ちゃんに魚がいる場所を教えてもらったのに、ぼーっとしているカワハギすらつけなかったのである。
原因は耳抜きができないことと、水にはじかれてうまく潜れないことなので、もっと練習しようと思った。
今年の夏もまだ始まったばかり。できる限り海に行って、上達したいと思う。
2018年7月15日日曜日
Victoria Shen × 谷本仰
デルソルであった「Victoria Shen × 谷本仰」のライブをみてきました。
写真は
ないです。
谷本さんのライブを一ヶ月で3回ほど聞いたけど、
聞けば聞くほど谷本さんの音は理屈っぽい感じがする。
それは全然悪い意味ではなくて、確固たる意志を持って、
なるべくしてそうなっているようで、それが心地よい。
聞けば聞くほど谷本さんの音は理屈っぽい感じがする。
それは全然悪い意味ではなくて、確固たる意志を持って、
なるべくしてそうなっているようで、それが心地よい。
あれだけアドリブ的に音を作りながらも、そこに「来るべき」音があるようで、
それを的確に持って来るのはさすがたど思った。
それを的確に持って来るのはさすがたど思った。
対して、Victoria Shenはより自由で、デルソルの中を縦横無尽に動き回っていた。
顕微鏡で片っ端から色々なものを拡大して楽しむ子どもみたいだった。
音がどうとか、よくわからないけど
わかりやすいメロディーだけが音楽じゃないのだと
わかった
2018年7月10日火曜日
大學堂10周年
大學堂10周年。
7月5日はプレプレイベントで、谷本さんのソロライブ。
北九大が誇る奇才ダダ氏によるダダイズムシンセが飛び入り。
6日はプレイベント学長茶会。
・・・のはずが、大雨のため、学長が小倉に来れなくて延期に。
って、学長が自宅待機で北九大の危機管理は大丈夫なのか?
とかいらぬ心配はさておき。
メイフストロガノフ家の秘宝といわれる茶釜のお披露目も延期となりました。
7日は10周年記念日。
大雨の影響で交通機関のマヒがつづいる。
JRは間引き運転しているらしいので、なんとかなるかと思っていたら、ミンミンからの電話で2時間に1本運行中と知る。戦時中か!?とツッコミながらも、慌てて30分後に福岡空港に着く、喜屋武美波ことチュラを迎えに行くために車を出す。とは言っても、高速道路は閉鎖されているので、下道で飯塚を抜けて行くことに。14時半にチュラと合流。鹿児島から北上しようとして博多で足止めをくっていたシャレメが、たまたまミンミンのところに避難していたので、チュラ、シャレメ、ミンミンを乗せて、小倉へ!
すごい!この車に乗ってる人、みんな10年前を知ってる!!
ワイワイとおしゃべりしながら車は進んでいく。やっぱり下道。グーグル先生をもってしても、渋滞は避けられない。
ライブ開始は16時の予定だけど、到着は17時になりそう。
17時10分くらいに大學堂に到着。みんなを降ろして、私は駐車場に車を入れに行く。急いで大學堂にもどったら、なんともうライブが始まっている。
喜屋武美波、準備が早い!
もっと驚いたことは、お客さんが満席!
1時間も遅れているのに・・・
そして、さらに驚いたことは、その様子に自分の心が震えている。
なんだろう、なんでこんなに泣きそうなんだろう。
シャレメも「なにこれ、泣きそう」とかなんとか言っている。
なんだろう。10年前と同じようにチュラがここで三線を弾いて歌っている。
ただそれだけなのに。なんでこんなに泣きそうなんだろう。
あのときもお客さんが多かった。
あのときもチュラは紅型を着てカンプーを結っていた。そして、緊張して震えていた。いろんな舞台を踏んでる人なのに、特別に緊張すると言っていた。そのくせ、着物姿の私をみて「すごい、上等!」と満面の笑顔でほめてくれた。私はうれしいけど、ちょっと呆れて、何をおっしゃる、今日はチュラが一番上等だよ、と言った。
そんなことを思い出して、懐かしいから泣きたくなるんだろうか。
通りがかった豆腐屋の金子のおばあちゃんが、「あら、この人、この前も来た人よね」と言ってチュラの名前を言った。
「この店がきれいになったとき、来て歌っとった人よね」
「そうよ、おばあちゃん。でも、この前って10年前よ」
「そうよね、おんなじ人よね。ちゃんと覚えとるよ」
やっぱり泣きそうになる。
うれしい。
チュラがここで歌ってるのがうれしい。
お客さんが喜んでるのがうれしい。
金子のおばあちゃんが覚えててくれてるのがうれしい。
自分がこの場を共有しているのがうれしい。
大學堂がオープンした日もそんなことを思った。
自分がこの場にいれて良かったな。
10年前の私は小倉に住んでいなかったので、大學堂の改装にはほとんど関わっていなくって、オープンの前日からちょっとだけ参加して、オープニングの日を迎えたので、ほんとに大學堂を作った人達からしたら、たいして何もしていないのに、こんなことを思うのは、図々しいと思う。
それでも、この場にいれて、良かったなと思った。
その後も、10周年記念ライブは続く。
愉快なロックンローラーのゼリー・バンバン
シンセサイケの泥沼
インプロ集団モザイクス
合間に台所で「オープニングの日もこんな風やったんよ」とモコに言ってみるが「へー」っと素っ気ない。
そりゃそうだ。みんな今日のイベントに忙しい。10年前と今日を行ったり来たりしている私に付き合っているほどヒマではない。
7月5日はプレプレイベントで、谷本さんのソロライブ。
北九大が誇る奇才ダダ氏によるダダイズムシンセが飛び入り。
| そしてもちろん打ち上げ!まだ10周年じゃないけど。 |
6日はプレイベント学長茶会。
・・・のはずが、大雨のため、学長が小倉に来れなくて延期に。
って、学長が自宅待機で北九大の危機管理は大丈夫なのか?
とかいらぬ心配はさておき。
メイフストロガノフ家の秘宝といわれる茶釜のお披露目も延期となりました。
7日は10周年記念日。
大雨の影響で交通機関のマヒがつづいる。
JRは間引き運転しているらしいので、なんとかなるかと思っていたら、ミンミンからの電話で2時間に1本運行中と知る。戦時中か!?とツッコミながらも、慌てて30分後に福岡空港に着く、喜屋武美波ことチュラを迎えに行くために車を出す。とは言っても、高速道路は閉鎖されているので、下道で飯塚を抜けて行くことに。14時半にチュラと合流。鹿児島から北上しようとして博多で足止めをくっていたシャレメが、たまたまミンミンのところに避難していたので、チュラ、シャレメ、ミンミンを乗せて、小倉へ!
すごい!この車に乗ってる人、みんな10年前を知ってる!!
ワイワイとおしゃべりしながら車は進んでいく。やっぱり下道。グーグル先生をもってしても、渋滞は避けられない。
ライブ開始は16時の予定だけど、到着は17時になりそう。
17時10分くらいに大學堂に到着。みんなを降ろして、私は駐車場に車を入れに行く。急いで大學堂にもどったら、なんともうライブが始まっている。
喜屋武美波、準備が早い!
もっと驚いたことは、お客さんが満席!
1時間も遅れているのに・・・
そして、さらに驚いたことは、その様子に自分の心が震えている。
なんだろう、なんでこんなに泣きそうなんだろう。
シャレメも「なにこれ、泣きそう」とかなんとか言っている。
なんだろう。10年前と同じようにチュラがここで三線を弾いて歌っている。
ただそれだけなのに。なんでこんなに泣きそうなんだろう。
あのときもお客さんが多かった。
あのときもチュラは紅型を着てカンプーを結っていた。そして、緊張して震えていた。いろんな舞台を踏んでる人なのに、特別に緊張すると言っていた。そのくせ、着物姿の私をみて「すごい、上等!」と満面の笑顔でほめてくれた。私はうれしいけど、ちょっと呆れて、何をおっしゃる、今日はチュラが一番上等だよ、と言った。
そんなことを思い出して、懐かしいから泣きたくなるんだろうか。
「この店がきれいになったとき、来て歌っとった人よね」
「そうよ、おばあちゃん。でも、この前って10年前よ」
「そうよね、おんなじ人よね。ちゃんと覚えとるよ」
やっぱり泣きそうになる。
うれしい。
チュラがここで歌ってるのがうれしい。
お客さんが喜んでるのがうれしい。
金子のおばあちゃんが覚えててくれてるのがうれしい。
自分がこの場を共有しているのがうれしい。
大學堂がオープンした日もそんなことを思った。
自分がこの場にいれて良かったな。
| 喜屋武さんとやおやの清志郎さんと一緒に |
10年前の私は小倉に住んでいなかったので、大學堂の改装にはほとんど関わっていなくって、オープンの前日からちょっとだけ参加して、オープニングの日を迎えたので、ほんとに大學堂を作った人達からしたら、たいして何もしていないのに、こんなことを思うのは、図々しいと思う。
それでも、この場にいれて、良かったなと思った。
| 泥沼を醸す演奏者 |
| 泥沼で踊る人々 |
その後も、10周年記念ライブは続く。
愉快なロックンローラーのゼリー・バンバン
シンセサイケの泥沼
インプロ集団モザイクス
| 即興演劇でだいがくどんくんも役者デビュー |
合間に台所で「オープニングの日もこんな風やったんよ」とモコに言ってみるが「へー」っと素っ気ない。
そりゃそうだ。みんな今日のイベントに忙しい。10年前と今日を行ったり来たりしている私に付き合っているほどヒマではない。
| 8日も記念ライブはつづく |
2018年7月9日月曜日
八女のお茶ツアー
7月1日(日)ザッキーガイドによる八女のお茶ツアー。
参加者はダイスケ、とめ、きぞく。
作業所の送迎方式でザッキーが次々とメンバーをピックアップして、八女へ。
道中は、ザッキーのうんちくとか豆知識とかを楽しみながらのんびりと向かいます。
八女に着くころにはちょうどお昼。八女の物産館「よらん野」で内陸部とは思えないきれいなお魚があったので手に入れて、石人のいる古墳で昼食。
・・・と思ったら、石人古墳には食事をできるようなスペースがなくて、公園として整備されている岩戸山古墳へ。もちろん、ここにも石人はいますよ。
しかも2年前にリニューアルされた岩戸山歴史文化交流館は、テラスにテーブルがあって、食事もできるのです。
歴史文化交流館は、527年の磐井の乱で、大和朝廷に立ち向かって、粗野な乱暴者とされてしまっている「筑紫君磐井」を、九州の民を思い先進的で聡明な英雄として再発見できる資料が展示されています。しかも入場無料。
7月14日には実際に手鏡としても使えるミニ銅鏡を作るイベントもあるよ。
http://www.city.yame.fukuoka.jp/iwatoyama/event/1530007076576.html
けっこう八女を楽しんだところで、いよいよ本題のお茶畑・・・の前に、ザキ家でお茶をよばれました。いただいたのは水出し煎茶。この日は、とっても蒸し暑い日でした。
いよいよ、ザキ叔父よしおさんの畑へ。
畑は山の上のほうにありました。狭い道をグングン上っていくザッキーカー。自分がドライバーでなくて良かったと思いました。
山の上にある茶畑は、とっても気持ちの良いところなのだけど、ここを切り開いて、それを維持していくというのは、かなり骨の折れることだろうなと思いました。最近は、茶畑も平たいところで作っている人が多いのだとか。
ザキ叔父のお宅では、ザキ叔母さちこさんがレクチャーしながらいれてくれたお茶をいただきます。
玄人はだしのだいすけの質問に、よしおさんが次々と知識を披露してくれます。ブレンドする前の茶葉をつまんで食べたりしながらお話しを聞きます。そうそう、あれを、と持って来て見せてくれたのは、八女の最高の玉露を飲むための最高の茶器。十四代柿右衛門さんが限定30セット作ったのだとか。お茶を注ぐときに切れが良い口の形になるように、3回もあの柿右衛門さんに作り直させたという豪傑プロデューサーがいらっしゃるとか。
帰りは、これまたザッキーの案内で、温泉とB級グルメを楽しんで、それぞれのお家に送り届けていただいたのでした。
参加者はダイスケ、とめ、きぞく。
作業所の送迎方式でザッキーが次々とメンバーをピックアップして、八女へ。
道中は、ザッキーのうんちくとか豆知識とかを楽しみながらのんびりと向かいます。
八女に着くころにはちょうどお昼。八女の物産館「よらん野」で内陸部とは思えないきれいなお魚があったので手に入れて、石人のいる古墳で昼食。
・・・と思ったら、石人古墳には食事をできるようなスペースがなくて、公園として整備されている岩戸山古墳へ。もちろん、ここにも石人はいますよ。
| カメラの電池が切れて、これ以降の写真はない |
しかも2年前にリニューアルされた岩戸山歴史文化交流館は、テラスにテーブルがあって、食事もできるのです。
歴史文化交流館は、527年の磐井の乱で、大和朝廷に立ち向かって、粗野な乱暴者とされてしまっている「筑紫君磐井」を、九州の民を思い先進的で聡明な英雄として再発見できる資料が展示されています。しかも入場無料。
7月14日には実際に手鏡としても使えるミニ銅鏡を作るイベントもあるよ。
http://www.city.yame.fukuoka.jp/iwatoyama/event/1530007076576.html
けっこう八女を楽しんだところで、いよいよ本題のお茶畑・・・の前に、ザキ家でお茶をよばれました。いただいたのは水出し煎茶。この日は、とっても蒸し暑い日でした。
いよいよ、ザキ叔父よしおさんの畑へ。
畑は山の上のほうにありました。狭い道をグングン上っていくザッキーカー。自分がドライバーでなくて良かったと思いました。
山の上にある茶畑は、とっても気持ちの良いところなのだけど、ここを切り開いて、それを維持していくというのは、かなり骨の折れることだろうなと思いました。最近は、茶畑も平たいところで作っている人が多いのだとか。
ザキ叔父のお宅では、ザキ叔母さちこさんがレクチャーしながらいれてくれたお茶をいただきます。
玄人はだしのだいすけの質問に、よしおさんが次々と知識を披露してくれます。ブレンドする前の茶葉をつまんで食べたりしながらお話しを聞きます。そうそう、あれを、と持って来て見せてくれたのは、八女の最高の玉露を飲むための最高の茶器。十四代柿右衛門さんが限定30セット作ったのだとか。お茶を注ぐときに切れが良い口の形になるように、3回もあの柿右衛門さんに作り直させたという豪傑プロデューサーがいらっしゃるとか。
帰りは、これまたザッキーの案内で、温泉とB級グルメを楽しんで、それぞれのお家に送り届けていただいたのでした。
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