2020年3月22日日曜日

辻嘉一の「御飯と味噌汁」

小山の大将から勧められた、辻嘉一の「御飯と味噌汁」。さっそく手に入れて、読みはじめた。とても面白い。お腹がぐうぐうなる。


昔よく読んだ半村良の「産霊山(むすびのやま)秘録」を思い浮かべる「おむすび」の記述。
「湿潤で熱気のある処から生命が生まれでることは、動植物の生殖の営みにもはっきり認められます。「ひ」が霊妙な力をあらわす語だというのは、 勿論、太陽についての古代の人たち畏敬の念から生まれたものといえましょう。
握り飯という無味乾燥なことばではとうてい量り得ないものが、おむすびの中には、こめられていたのだと思います。握るというとき、私たちは片手でする動作を思います。ところがむすぶというときはどうしても片手ではなく、両方の掌を用いなくてはならないでしょう。 こうしたところにも握り飯では満足できないものが残ります。」


辻嘉一のこの本の刊行が1969年。半村良の産霊山(むすびのやま)秘録の連載が1972年。半村良は、絶対この記述にインスパイアされていると思う。

2020年3月19日木曜日

小倉:すし屋「小山」

基本、取材お断りのすし屋「小山」の取材をした。メインは青ヶ島のひんぎゃの塩を使っているシーンの写真撮影だが、9時半から12時半まで、みっちり3時間、大将の話をうかがった。
味と料理と旬の話。小山の料理の、あのたしかな味覚が、どういう思想から生まれるのか、とてもよくわかった。共感することばかりである。
そして魚の味を引き出すための塩の打ち方から、その後の扱い方まで、じっくり目の前で見ることができた。さらに酢のしめ方も教えてもらう。自分で押し寿司をつくるのが大好きな私にとっては、たまらないひとときであった。

最後に、大将の指導の下で、おむすびを握った。辻 義一直伝の古式むすび。塩の味が1番よくわかるのは米。ご飯がすべての料理の基本である。
とてもうれしいことに、小山の大将は、「野研」の食に対する考え方をとても気に入ってくれていて、このごろは旦過市場に買い出しに行くときに大學堂に立ちより食材をわけてくれる。
若い人が正しい味を覚えないとダメだ。正しい味は正しい食材からはじまる。野研メンバーはぜひそれを学んでほしい。
大将は、究極的には格式張った部屋の中でだす料理よりも、屋外でつくる料理がよいという。つまり野点である。ここも野研の思想につながる。
しかも、なんと奥能登の湯宿さか本の坂本新一郎さんとお知り合い。いろいろな偶然に驚く。今年の芸術祭や山形にもぜひ誘いたい。
暖かくなったら小倉の近くの海や山で料理会をする約束をして、お店を出た。

2020年3月7日土曜日

なれ寿司

 少しのことにも先達はあらまほしきことなりと申しますが、食事のマナーなんていうのも難しいものでして、行きつけない店へ食事に行くときなんかは、のれんのくぐり方から箸の上げ下げ、亭主との会話まで、どう振る舞ったらいいのかわからないことだらけですから、キョロキョロしながら慣れていそうな人の振る舞いをじっと見たりなんかして、それをまねして乗り切ろうなんてことを考えたりするもんですね。

 村の庄屋の結婚式で、一の膳から三の膳まである本膳を振る舞ってもらえることになった村人たちが、さあ困った、礼儀作法がわからないということで村はずれの手習いの師匠のところへ行き、付け焼き刃で作法を教えてもらおうとしますが、宴席は明日、とても一晩でまにあわないということで、当日はみんなでそろって、師匠のまねをすることにいたします。村人は、見たこともないような本塗りのお膳を前に緊張して息を詰めて師匠を見つめておりますと、師匠も日頃と勝手が違ったのか不覚にも箸から芋を取りこぼし、膳の上にコロリとやります。あれを真似るんだなと村人たちも次々と芋を皿から膳に落としてコロコロ転がしてから口に運んで、なるほど礼法とはややこしいもんだと感心するなんて馬鹿な話もございます。

 最近では少なくなりましたが、まだまだ頑固親父がカウンターの中にいる寿司屋なんていう絶滅危惧の保護地区もございまして、そんなところに、行くときなんかもまわりをキョロキョロしながら案内してくれる人の動きを真似たりするもんでございます。
 先だっても、普段は行きつけないような一行で頑固親父の寿司屋に行くことがありました。案内人は、前々日に頑固親父に叱られたばかりですが、叱られたおかげで身についた礼法をしたり顔で教示するにわか師匠でございます。
「いいかい、のれんの向こうは聖域だからね、外套はその手前で脱ぐんだよ」
「外で脱ぐんかいな?こんなに寒いのに」
みんなでいそいそと外套を脱いでのれんをくぐりますってと、大将が待ち構えております。
 カウンターのイスに並んで座ったはいいが、カウンターの上には下駄と呼ばれる分厚い板とその隣におしぼり、手前に四角いお盆、お盆の上にちょこんと箸が置いてあります。メニューは全てお任せというやつで、大将が客の頃合いをみながら料理を差し出します。

 大将がお盆の外にチョンとお椀を置きますので、どうしたものかとにわか師匠を見つめていますと、お椀を両手で押し頂いて、お盆の上に置き直しましたら、蓋をスッとあけまして、箸をパチーンと割ってお椀の中のジャガイモを口に運んでパクリとやります。
「さすが師匠、散々怒られただけはあるね。堂に入ってるや」
なんて余計な関心をしながら、それをまねして、お椀を両手で押し頂いて、お盆の上に置き直しましたら、蓋をスッとあけまして、箸をパチーンと割って、お椀の中のジャガイモをパクリとやります。
 料理の準備で、ときどき大将が店の奥に引っ込みますので、フーッと大きく息をつきまして、お互いに目を合わせてホッとしておりますと、また大将が料理を持って出てきますので、ピッと背筋を伸ばしてチラチラと師匠の動きを見て真似るのくり返しでございます。
 料理はどれもきれいに盛り付けられて香りも味も絶品でございますし、酒もたしなんではおりますが、酒を注ぐ手もぎこちなく、どうもいつものようには進みません。

 また大将が奥に引っ込みましたので、フーッと息をつきましたら、弾みで手でもあたったのか、一等年かさの客人の箸が一本コロリと床に転がります。慌てて、ひろった年かさの客は、箸先をシュシュシュッと3回手で拭きますと、サッともとの場所に戻したところで、大将が戻って参りますので、何食わぬ顔で食事を続けます。
 客はみんな背筋を伸ばして箸を進めますので、滞りなく料理が運ばれ皿が片付けられていきます。馬鹿話や料理の生半可な知識は大将に叱られるということで、にわか師匠が選んだ話題を恐る恐る進めていきますので、自ずと穏やかな語り口になります。

 いよいよ握りが出てきます。大将が一つのネタを一人一貫ずつ下駄の上におきますので、にわか師匠は手でつまんでそのまま口の中に放り込みます。「ああ、これならいつものやり方だ」ということで、一等年若の客人がホッと気を抜きますと、大将が下駄の上においた寿司の隣にもう一つ寿司をおきます。大慌てであたりを見回しても、他の客の下駄には一貫ずつおかれていきます。客がそろって息を詰めてみておりますと、最後の客の番になったところで、寿司が一貫足りなくなった大将は、落ち着いたもので年若の客の下駄から何食わぬ顔で寿司を一貫取り上げますと最後の客の下駄にサッとおきまして、何はともかく一同ホーッと息を吐きます。

 こんな風にして、2時間の食事が済みまして、払いなれない額の勘定を済ませてのれんをくぐって外へ出ますと、フーッと大きく息をついた客が一斉にしゃべり出します。
「どの料理もうまかったなぁ」
「真ん中あたりに出てきた握りが一番美味しかった。口の中で溶けたね」
「いやそれよりも最初の椀ものが美味しかった」
なんて口々に言い合っておりますと、年若の客がポツリと「この話、どうやって終わるの?」
すると年かさの客が「落ちないフリをしたからね」

2020年3月4日水曜日

ニュート・スキャマンダーと刀削麺

 先週の木曜日の出来事。
 高校時代の友人の葵一が遊びに来るという。ちょうど誰もいなかったのでゼミ室に呼んで一緒に石垣島のアイスを食べていると、やってきたアルパカから盛青で青ヶ島のアリサさんたちとご飯を食べるという話を聞いた。部屋で男二人で飯を食ってもつまらんので、葵一も盛青に誘った。突然だったので少し戸惑っていたが、嬉しそうだった。

 盛青へは歩いていった。普段歩かない道を選んだので、少し街並みが新鮮だった。アリサさんたちが到着するまで少し時間があったので、ファミレスでドリンクバーを注文してのんびりしていた。福岡方面や関東に進学した他の友人たちの近況や、互いの今の生活について少し話をしていると、メールが届いたのでファミレスを後にした。

 盛青では主に大澤監督やアキバさんと話をしながらご飯を食べた。アキバさんの学校(武蔵野美術大学だったっけ)に友人が進学していたこともあって、なんやかんやで縁があるんだなあと感じながら、葵一と辛い辛いと言いながら食べた。大澤監督とは、「死ぬ前に食べたいものはなにか」という話になった。私は生姜焼きが食べたい。

 紹興酒というお酒と梅酎というお酒も少し飲んだ。なぜか葵一は少し遠慮がちだった(じつはアダンサミットの前日に私は葵一の部屋に泊まっており、そのときはかなり度数の強いお酒をガンガン飲んでいたので、この日は不思議だった)。

 葵一は細身なので、アキバさんから「ニュート」とあだ名をつけられた。つけられた本人はなんとなく嬉しそうであった(ニュートが知的なキャラクターというのもあるのだろう)。

 皆それぞれ楽しそうに会話をし、時間も遅くなったので、互いにさよならを告げて帰路につく。

 部屋にもどると軽い服装に着替え、机を部屋の真ん中に設置し、葵一が買ってきたお酒を並べ、少しずつ飲みながらいろいろな話をした。途中からシマヅも加わり、キーボードを弾いたり聞いたりして遊んだ。私は少し酔った状態で覚えている限りの曲を弾き、遊んだ。

 窓の色が淡い水色になってきたのを見たところで、眠りに落ちた。

 起きると、葵一は机の下で丸まっており、部屋の隅にはキーボードのコードだけが絡まって落ちていた。

2020年2月5日水曜日

果てしない壁の目への冥想

荒木飛呂彦が語る「壁の目」の逸話。
「『壁の目』と呼ばれる地面のなかに二つの物体を埋めると、それらが混ざり合う」
「たとえば、レモンとミカンを一緒に埋めると見た目は変わらず中身が混ざり合う」

こんな場所がこの世のどこかにありそうな気分になった、ある日の話。



二十人以上の異邦人が城をめざして北進するのを見届けたあと、各地に散らばったエージェントたちを上空から回収する。総員出動する事態だったため、エージェントたちのアフターケアに追われることとなった。

回収のさなか、給油班から緊急の応援要請信号を受けた。確認すると、すべての班のオイルが底をついていた。ひとまず実働部隊員の回収を全て終え、休む間もなく給油班へオイルを運搬し、タンクへ充填する。

回収されたエージェントはシャワーを浴び、仮眠をとる。エージェントの任務は、簡単にいうと、異邦人らの食糧調達の支援である。なかにはエージェントの支援を必要とせずに自らの力で食糧を調達できる手練れもいるが、ほとんどはエージェントとともに調達する。あるものは陸へ、あるものは海へ。できるかぎり異邦人らの希望に沿って、食糧を現地調達する。任務を終えた者はみな、満身創痍であった。全員のケアが終わり、全員が仮眠をとっていることを確認すると、私は現場に散乱した瓦礫や破片の撤去を行う。

ほぼすべての作業がおわり、ようやく私にも休憩時間が与えられた。イスに座り一息ついていると、目の前に一人の長身の男がやってきた。

黒いキャップをかぶったその男は、肘のあたりまで伸ばしたグシャグシャの髪を揺らしながらエージェント1組の支援を要請してきた。男はウェリントン型の眼鏡の奥から不穏な笑みを浮かべ、首にぶらさげたカメラを撫でていた。眼鏡に反射した鈍い光がコンクリートの地面を舐める。

しばらくして戻ってきた男は、エージェントの支援を存分に活用したようで、満足げだった。瞳の住人が恍惚とした様子で踊っている。

私は男としばらく言葉を交わした。男はワタライノクニからやってきた文士であった。小学生の娘が1人いるという。甥が建築の学問を志し、タンバノクニの大学に進学するも、自堕落な生活を送り、留年を繰り返していたと嘆いていた。右肩にかかって変な曲がり方をした髪先があっちを向いたりこっちを向いたりしていた。

文士としての男は、旅の記録や単車の情報の記録をしているという。現在は前線から遠のいた活動をしていると遠い目をしてつぶやきながら、シャッターを切っていた。

間のとり方が特徴的な男であった。文節で区切った喋り方で、文節と文節の間が必ず「2秒」空くのである。声色は豊かで、どのような気持ちなのか分かる喋り方ではあるのだが、鼻から下の表情がまるっきり変わらないのである。相変わらず目の表情は怪しく、踊っていた瞳の住人もじっと座り、私を見ていた。目じりがやたらくねくね動くので、眼輪筋が独立して意思を持っているようだった。

男はもとは二人の男だったのだろう。きっと、頬を境に二人の男の体をつなぎ合わせたのだ。私は次の現場に向かわなければいけなかったので、男を見送ることはできなかった。しかしあの男には、禍々しい光を漏らしながらどこかを歩いていてほしい。瞳の住人には、酩酊するまで踊り続けていてほしい。二人でも三人でもくっついた人間が一人や二人いたってそれはそれで楽しいではないか。外見としての者ではない別の者が瞳の中に部屋を借りて暮らしたり、血管の中を自由に泳いだりするのも、楽しそうではないか。


荒木が語る「壁の目」のような場所が本当にあるのではないか。家の裏山にあるかもしれないし、学校の敷地内にあるのかもしれない。
きづかぬうちに「壁の目」の中にすっぽり埋まってしまっていてもおかしくない。
この世に生を受ける以前から、「壁の目」の中に存在していた可能性。

未知のなかに投げ込まれつづけてきた過去。
中にいるのか外に出ているのかわからない現在。
這い出ることができないほど埋まっていくかもしれない未来。

世界そのものが「壁の目」だとして、世界から脱却し楽園への舟に乗るか、もしくは奈落への吊り橋を渡るとしても、脱却した者の意思は世界に留まりつづける。その意思が、まだ脱却することができない者の意思と混ざり合うこともあり得ない話ではない。世界から脱却しても、いつの間にか、また世界に戻っている道のりも存在する。

混ざり合うこと。心地よさと、ほんの少しの恐怖心。

2月4日、果てしない「壁の目」への冥想がはじまる。


2020年1月11日土曜日

どうぶつのみかた

1月20にちに特別講義があります。絵本作家のあべ弘士さんが動物の絵の描き方を教えてくれます。


現役医師が教える超人口縮小時代のサバイバル術

■特別講義のお知らせ
今年の「人類学概論」の講義は、いよいよ生と死の深みに突入していく。そして1月28日、あの奥能登で伝説の冥土カフェを開いた「おっくん先生」が北九大にやってくる。
「現役医師が教える超人口縮小時代のサバイバル術」
奥内科循環器科 奥 知久 人類学概論・文化人類学 特別講義
2020年1月28日(火)3限 13:00-14:30
北九州市立大学本館 A101