2019年6月13日木曜日

鏡花水月

屋根裏で目を覚ます。時計は6時を指している。
屋根裏で目を覚ます。時計は8時を指している。
昨日、盆栽の鉢に打ちつけた右額をさすり、
重いリュックサックを引きずるようにして階段を降りる。
IHの駆動音。
冷蔵庫を開閉する音。
ハツメットは既に起きており、開店の準備をしていた。
瞼をこすりながら準備をするハツメット。
眠気をかき消すような音。
うどん職人ちくわがシャッターを開けてやってきた。
そしてこう言った。
「包丁研ごうよ」

ちくわの右手には、レンガ、いや砥石が握りしめられていた。
砥石と包丁を水で濡らし、そっと刃を砥石に当てる。
包丁と砥石の間に小指が入るほどの角度で包丁を傾ける。
なるだけ角度が変わらないように、研いでゆく。
シューッシューッという音。
「ッ」の間に一瞬、かすかな「ㇽ」が聞こえる。
横に少しずつずらしながら、研いでゆく。
まだ少し濡れている刃が白い光を放つ。

歩く人の足音
お湯が沸く音
椅子がかたかた動く音
ありふれた音の中
刃の上を舐める光と調和する、砥石と包丁の会話。


3人で研いだあと、試しにネギを切ってみた。
しかし、切ることはできなかった。
切るのではなく、落ちる。
すん、と刃が落ちるのである。
まな板の上に転がるネギが、
ただ魂の形だけをそこに残し、骸は塵となり、煙のように天にのぼり、
消え去ってしまったかのようである。



そして、困ったことに記憶の数々がこのカーソルが点滅する世界の中に
入りたくないようで、どんなに押し込んでも入らない。
ピクチャという部屋に引きこもっているのである。
なぜだろうか。もう腹も減ってきたのでこのへんで終わろう。


0 件のコメント: