ピシャン、ピシャン、ピシャン、ピシャン…
途切れることのない車の列の間から、奇妙な音が聞こえてくる。いくら目を凝らし、耳を澄ましても、音の正体は分からない。すると、前方から歩いてきたひとりの女性が一瞬の隙をついて車道に飛び出し、すぐに歩道に戻ってきた。女性の手元を見ると、錆びきった丸ノコをつまんでいた。
「あぶないねえ~、タイヤで弾いて飛んでいったりしたらケガするね!!」
「それ、丸ノコですか」
「あぶないねえ~。あ、お兄さんたち水飲んだほうがいいよ!まだまだ暑いから」
「あ、ああ、水ですか。ですね」
「おばちゃんぐらいのトシになると、良いことしても、良いこと起きない」
「そうなんですか?」
「うん。なかなかねえ~。聞いてくれてありがとね~」
いまいち嚙み合わない会話だったが…とりあえず、良い行いをしても自分の身に良いことが起こるわけではないらしい。女性と別れたあと、ゆるやかな坂道が続いた。今日はスシオとコハムの3人で、リーシュという事業所の作品展を見に行くのだ。
足立という地域は、裕福な地域なのか?と考えるほど、大きな一軒家が連なっていた。レンガ塀で囲まれた屋敷や、苔がきれいに整えられ、灯篭が妖しく笑う和風の家。あの角張った家はフランク・ロイド・ライト風というものか?家というよりも、私設美術館のような佇まいだ。あそこの可愛らしい城には、ドワーフやグレムリンが住み着いてるのだろう。ぜひとも、庭をバラで埋め尽くして流薔園を作ろうではないか。きっと似合うぞ。あの要塞はなんだ!?曇り空を背景に、異様な迫力を放つダークブラウンの巨体が僕の前にたちはだかる。印象的な丸い窓も相まって、巨大な深海探査艇のようにも見える。「水陸両用の超技術要塞型探査車 狙うは金星」という新聞記事が頭をよぎる。
一軒家をぐるぐる見回しながら歩いていると、あっという間に展示会場に着いた。入口には今回のテーマである「かお」が、数えきれないほど並んでいた。トイレットペーパーやラップの芯が、顔の輪郭を表している。
「制作に取りかかったのは7月の始めぐらいです。少し遅かったので、材料が用意しきれなくて。利用者のご家族の方にも協力してもらいました」
説明を聞きながら、ひとりひとりの顔を覗き込む。
「はじめは紙管で顔を作る、ということがなかなか伝わらなくて。でも、一度理解してもらえると、そこからはそれぞれ自分のやりたいようにドンドン作って、個性を出してくれました」
目や鼻がクレヨンやペンで直接描かれている顔もあれば、切った紙やダンボールで描かれる顔もある。髪の毛まで生えている顔もあれば、笑っている顔もある。
靴を脱いで入る室内では、利用者それぞれの絵画作品が展示されていた。
作品を眺めるスシオとコハム
これは、たこやき…?マンション?譜面台のようにも見える
鳥かな?
色を塗ったビー玉の軌跡
夜寝る前、目をつぶるとこんな感じの世界がときおり見える
ここまで鮮明な色ではないけど
1階で作品を見ている最中、2階から誰かが下りてくる足音が聞こえてきた。
「○○ちゃん、どれを描いたの?」
「これ」
作家の祖父母が展示を見に来ているようだった。彼らと入れ替わるように、僕らは2階へ上がった。階段を上がった先では、雑貨の販売がおこなわれていた。同時に、部屋の後方では5人ほどが作品を製作している最中だった。
商品は全て一点もの
中央の白い顔が好きだ
最後にパレードの話をしたあと、会場を後にした。わずかな蒸し暑さを感じて天を仰ぐと、厚い雲が僕らの視界に灰色のフィルターをかけた。前日に、リーシュのあとは行橋の美術館に行きたいと言っていたものの、天気が悪いと気乗りしなくなってきた。まあ今日行かなくてもいいかな、、、という気持ちになりかけたとき、行橋はスシオの通学路の一部であることが判明した。
「なら、帰り道ついでに一緒に行ってみようよ」と、軽い足取りで駅に向かった。
行橋市増田美術館というところで、トーナス・カボチャラダムスの絵が展示されている。
門司港のカボチャドキヤ同様に、見に来た人々がカボチャラダムスに向けて言葉を残していた。こういうのをパラパラとめくるのも楽しい。外は雷鳴がとどろき、ビー玉のような雨が窓を砕こうとしているが、カボチャ大使館を訪れる人々は気にもしない。スチャラカパッパピーヒョロロ。宇宙の塵に還ってゆく。
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