2019年9月18日水曜日

きのこが好き

わたしは、きのこが好きです。どこがすきかっていうと、、、、



まず、おいしいご飯をつくってくれます。


私を助手席にのせて、ドライブに連れて行ってくれます。


どんなに夜遅く寝ても、朝早く起きます。


虫と友達です。

ころころ絵を描きます。


色々な場所でお仕事をします。


いろんなことを知っています。
いっぱい話を聞いてくれて、
いっぱい面白い話をしてくれます。


あと、めがくりくりで口が小さくて、かわいいです。

またはやく会いたいな

パンパンに詰めて

この前、初めて石川県に行きました。
特に上黒丸の方で過ごしました。
来年の準備のためです。
この計画の準備の時には、たくさんの人物名が出てきました。
ナカセさん、奥さん、ヤチさん、タバタさん、コウチョウ、モリイグミ、えとせとらえとせとら

会うと全然呪文じゃなくなりました。

何をパンパンに詰めたかというと、まず、荷物。



あと、人。
人間自撮り棒の名は、私がもらった!(でもよく撮り忘れちゃう)




あと、やること!
全然ゆったりスケジュールだったはずが、九州から連れてきた雨や、いろんな楽しいことで気付けばピッチピチに、、、




最後は、、、自分がパンパンになっちゃった、
、、before→after

2019年9月16日月曜日

社会科見学 マッチョ編

9月16日(祝)
野研のおともだち寄川さんが、熊本でボディービルの大会に出るということで、見学に行きました。マッチョ業界とはあまり縁がないので、ボディービルを生で見るのは初めてです。


熊本の会場まで北九州から車で2時間半。
メンバーは、ダダ、ハデピ、いぼり、ちくわ、きぞく。
今の野研で最も筋肉的存在のちくわと最もマッチョ業界的存在のハデピ。
会場に着いたところで、全く違うということがすぐにわかりました。
駐車場の案内係から受け付け、会場案内まで、みんな胸板が厚くて脇がちょっと浮いている感じの体型。いわゆるマッチョ。マッチョだらけ。


大会はすでに始まっていて、男子のフィジークという競技が行われていました。ステージ上では、1列に並んでサーフパンツをはいた男性が、筋肉を誇示するポーズをとっています。あとでネットで調べた情報によると、フィジークとは、ボディービルと違って、上半身の筋肉のバランスを競うもので、大きな肩と細いウエストが評価ポイントなのだとか。ボディービルほど徹底的に脂肪を落とさなくてもいいので、最近は人気の競技なのだとか。確かに、今回もボディービルより参加者数が多かったです。



フィジークもボディービルも観客席からかけ声をかけます。
「〇番!」と名前でなく番号で呼ぶのが基本。
「大きい!」「背中が広い!」「キレてるよ!」という感じで選手の気持ちと筋肉を盛り上げるようです。
予選は、正面から4分の1ずつ回りながら、一斉にポーズを取っていくのを審査する方式です。人数が多い場合は、その中から審査員が指定した4,5人ずつを前に出して、同じことを繰り返します。



そして決勝は、選手が選んだ曲に合わせてフリーのポージングです。
ここでは、「ナイスポーズ!」というかけ声も飛びます。

周りの人たちは、「いいねぇ」とか「○○さん、すごいな!」とか言いながら観ていたり、選手リストに赤ペンで順位を書き込みながら観ている人もいましたが、私は、どうも観るべきポイントをつかみかねていました。

ゲストポーザーの須山選手が登場して、なるほど!と思いました。
須山選手はボディービル日本選手権2位の実力者、とのこと。お昼休みにチラッとお話しできた寄川さんも「あの人は、すごい」と言っていましたが、筋肉の量というか、ついているところというか、なんだか違っていました。ああ、みんなが目指しているのは、これなのか、ということが良くわかりました。百聞は一見にしかず。
ステージを降りて観客とふれあってくれる人柄の良さ。近くで見ると、ますますデカい。

表彰の前でもステージに登壇したらとにかくポージングでアピール
あと、ちょっとおもしろかったのはマッチョの人たちも服を着てしまうと案外普通の感じになるということ。70歳超級にでていた男性が服を着て隣に座っていても、ただのスポーティーなおじいちゃん。寄川さんもジャージを着ていると脂肪が落ちている分、いつもよりスリムな印象。街ですれ違ってもこんな筋肉が隠されているとは気がつかないかも。

とにかく、筋肉、筋肉、筋肉!という感じの時間でした。
ミラーニューロンの働きにより、私の筋肉も少しは鍛えられていたはず。
ぽよん。ぽよん。

2019年9月9日月曜日

奥能登にて

9月4日から9日まで、奥能登へ行きました。
みんなの予定は、8月28日から29日に金沢、30日に奥能登入りして、12日までの滞在です。相変わらずの途中参加、途中離脱。仕方ないとはいえ、やっぱり全部参加している人たちと、体験の濃度が違います。



さて、新幹線、サンダーバード、レンタカーとそれぞれ2時間半ずつ乗り継いで着いたら、野研メンバーと山形大のポッキーとヨネとハバトビ。そしてこの日は、宝湯へ外泊。宝湯は酒屋さんと温泉を営んでいらっしゃいます。温泉の2階は大広間です。大広間はふすまを建てて個室に分けることもできます。そして、個室になっている秘密の部屋もあります。2年前の芸術祭のときには、石川直樹さんの作品になっていました。今もそのときのなごりがあります。
まずは、お風呂に入ってから、大広間(の一角)を使って宴会です。広間には舞台があるので、それを使って自己紹介兼一芸大会。ハツメのダンス、ハデピの空手やちくわのデスボイスは野研メンバーにはおなじみの芸。ヨネはエアバトミントン、ハバトビはエア弓道をみせてくれました。いぼりの二重芸は、宝湯の橋元さんとコラボ。ほんとにスベらない芸です。愉快な宴会でした。


5日は、ポッキーカーでダダ、ハツメ、いぼり、フッキーが海へ魚を捕りに。あとの人たちは、土作り。左官のタバタさんがいろいろと親切に教えてくれます。
土を振るってワラと水を加えてこねます。それを漁網を張ったドームに塗り込んでいきます。こういう土方仕事には、労働歌が必要です。リズムが速すぎると体力が奪われるし、ゆっくりすぎるとはかどりません。ライオンキングの曲を何度も聞きながら、作業をしました。







夜は、魚を食べます。小木からキノコもやってきて、美味しいパンやチーズ、小倉から私が補給した日本酒やワインをゆっくりと。
と思いきや、家族会議が始まりました。テーマは、「きょうだいに矛盾するメッセージを送り、対応に差のあるお父さんと子どもたちのそれぞれの物語を整理しよう」です。参加者はずいぶんといろいろと整理して理解できたように思います。
訴えるのが上手な子、自分と気があう子、自分になついてくれる子、なかなか自分になつかない子、自分とペースが合わない子、などなど、いろんな子がいますが、誰に対しても同じ基準で同じメッセージを送らないと信頼関係は築けないなと、改めて我が身も振り返ってみたり。



6日は、土壁ドームの設置場所を決めて、準備したら、いよいよ壁塗りです。ポッキーたちは東京に向けて8時間のドライブ。




夜は、キノコのアレンジで里山マイスターのみなさんと宴会です。みなさんよく飲んでよくお話しします。お酒の瓶が次々に空いていきました。




7日は、午前中は芸術祭の作品見学。今回来ている人で、芸術祭に参加していたのはハデピといぼりだけなので、どんなものか観てみようという企画かな。お昼から、壁塗り隊と魚突き隊に分かれます。壁塗りには、キノコと一緒に里山マイスターの二人も参加。



8日は、吉ヶ池のお祭りの準備の手伝いと壁塗りの続きに別れます。この日で今年の壁塗りはいったん終了。来年の芸術祭本番で仕上げをします。












夜は、吉ヶ池の田畑さんにお招きいただいて宴会です。
そして、お祭りに参加します。ハツメ、ちくわ、るー、ハデピはすぐに太鼓をたたかせてもらっていました。あみつけやフッキーも挑戦します。キリコをひくのも野研メンバーが主力。というか、あるタイミングでは、野研メンバーしかひいてないときもありました。伝統的なお祭りなのに、オープンな感じです。







9日は、朝から片付けモード。余分な竹やワラを片付けて、泥のついた道具を洗います。
お昼から「よばれ」という能登のお祭りにつきものの宴会ですが、私とあみつけはタイムリミット。おっとその前に、つる子を迎えにすずなり館へ。
おしゃれTシャツですずなり館に降り立つつる子は、カルメン故郷に帰るのようでした。
それからあみつけと車で金沢へ。ドキドキのレンタカーの返却は、ほぼ全通しで「特に変わったところはないですね」といわれたので「はい!」と答えました。

そんな感じで新幹線に乗って帰宅中。もうすぐ小倉です。

2019年9月6日金曜日

昼飯

最近、トマトをいくつか買って四つ切りにし、丼に盛り、フォークで刺し、食すことが大學堂での楽しみである。

2019年9月1日日曜日

夜と夢


しまった。私としたことが。まずい。これは非常にまずい。身動きがとれない。まさかこの私が。いや、しかし、何か脱出する方法があるはずだ。私は決して生きることを諦めない。諦めてなるものか。

幸いなことに、隙間が空いている。ここから腕を通せば…だめか。なかなか現実を受け入れられない。こんなものにまんまと嵌る者は一族の面汚しだと言って酒の肴にしていたが、いざ自分がこの立場に立ってみると、なかなかこれは恐ろしいものである。探し物をしていたら、突然、ブタ箱に放り込まれたのだ。放り込まれたというより、気付いたら自分から入っていたのだ。恥ずかしい限りである。手汗がひどくなってきた。正気を保とうと精いっぱいであるが、そんな意識とは裏腹に、心はますます乱れていく。息が苦しい。焦るな。焦るなよ。こんなもの、ただの鉄棒が縦と横に組んであるだけではないか。かたいものほど、実はもろいと言うだろう。

そう考えると、少し落ち着いてきた。そうだ。所詮、造られたモノ。どこかに文字通りの抜け穴があるはずだ。あ。私が入ってきたところは扉ではなかったか。確かそうだ。絶対にそうだ。ということは、あそこだけは開くことが約束されているということ。扉をこちらから押せば、開くかもしれない。迷っている時間はない。私はそう確信すると、弾丸のように扉に飛びつき、両腕が真っ赤になりそうなぐらい力を込めて、押した。わずかに、かちゃりと音がして、一瞬、足が出せそうなぐらい開いた。しかし喜んだのも一瞬だった。一瞬気が緩んだことで、また扉は閉まった。もう一度。かちゃり。…ダメか。扉を押すだけで全身の力を持っていかれる。少しでも動こうとすると、耐えきれず、扉が閉まってしまう。私は泣いていた。すぐそこに希望がちらりと顔を見せているのに、その顔を見つめることはできない。

不幸には不幸が重なる。落ちた食べかすにここぞとばかりに群がる黒蟻のように。看守らしき人物が、牢屋をひっくり返しやがった。そして扉と壁をぴったりくっつけたものだから、もう開かない。希望は絶たれてしまった。希望のように見えて、ただのハリボテだったのか。腕から血を流しながら押したって、もう一生開くことはない。私は看守を見つめた。看守は笑うでもなく、怒るでもなく、やるせないような顔をしていた。罵詈雑言を履き散らして、目いっぱい私の体を痛めつけ、四肢を引きちぎってくれたほうがどんなに気が楽だろうか。

もう一人の看守らしき人物がやってきた。突然、その人物が牢屋を更に大きな箱に入れ、閉じた。真っ暗だ。笑える。私の未来、妻の未来、子どもの未来、一族の未来、全てお先真っ暗ということか。どこかに運ばれているようだ。いろんな人の声が聞こえる。自転車を漕ぐ音が聞こえる。シャッターを開ける音が聞こえる。しかし私にはもう関係ない。もうすぐ私の命は尽きる。絞首台か何かに連れていかれているのだろうから。

着いた先は、広い水辺だった。決して澄んでいるわけではないが、濁りきっていることもない。この世界の綺麗な部分と汚らわしい部分が凝縮されたような、緑色。思い返せば、決して陽の当たる人生ではなかった。血眼になって食料を求め、体じゅう泥だらけになりながら、夜、しんと静まり返ったときにしか生きることを許されなかった。慣れてしまえばなんてことはない。もう生まれる前からそういう環境だった。これで当たり前。普通だった。少し大きな者たちからは目の敵にされ、見つかればこうして捕らえられ、殺される。我々は食うために殺す。しかし彼らは私たちを殺すこと自体を目的とする。我々を殺したくて殺したくてたまらないのだ。いつからだろう。こんな関係になってしまったのは。この世界のどこかに、彼らに殺されずにすむ場所はないのだろうか。たとえ私たちがコソコソと生きていても、とくに気にしない。殺しもしなければ、何かを恵むでもない。互いに何もしない関係。どこかにありはしないだろうか。

いよいよ、私の死刑が始まる。覚悟はしていたが、どうしてか気持ちがざわつく。やはり、生きたい。死にたくない。生きることを諦めたくない。気持ちよりも先に、体が抵抗した。牢屋ごと少しずつ水に沈んでいく。私は牢屋の天井にしがみつきながら、必死でもがく。息が出来ないから苦しいのか、もがきすぎて苦しいのか。それの連続。腹が裂けそうになるのをこらえながら、息ができる場所を探す。ここまで懸命に生きたいと全身が叫ぶのは初めてだった。叫んだところで、これ以上生きられない。それでも関係ない。腕が、脚が、毛が、皮膚が、血管が、内臓が、筋肉が。割れんばかりに大声で叫んでいる。頭の中で反響し、脳が沸騰する。自分自身が心臓の鼓動と化している。何も見えない。何も聞こえない。それでも、私は―――





「月に寄せて」を聞きながら、彼のその後について考えていた。話によると、ぱたりと動かなくなり、そのままゆらゆらと流れていったらしい。徐々に弱々しくなることはなかったようだ。魂の抜け殻となった肉体はどこへ向かうのか。魂の行きつく先はどこ。私は彼の死に立ち会うことはできなかった。無責任だと言われれば、否定はできない。彼が私の故郷で生まれていれば、殺される必要は皆無であった。「生まれた場所」の呪いか運命か。ひとりひとりに一生付きまとう、それ。