2020年12月6日日曜日

青ヶ島記(大介08)

 さて、一連の青ヶ島の報告もいよいよ本命、ひんぎゃの塩の話をしたい。あまりにいろいろなことがありすぎて、忘れてしまいそうだが、この青ヶ島村製塩事業所の訪問こそが、今回この島に渡ったもっとも重要なミッションなのだ。


ひんぎゃというのは火の際(きわ)、あるいは火の矢を意味する青ヶ島の方言である。火山の火口あるいは噴気口をさす。江戸期の噴火によって外輪山の内側にできた丸山周辺の噴気口とその地熱だけを利用して、時間をかけてゆっくりと海水を蒸発させ、製塩するというのが、世界にほかにない、このひんぎゃの塩の製法である。

食塩の主成分はいうまでもなく塩化ナトリウムであるが、それ以外のカルシウム・マグネシウム・カリウムイオンのバランスが食塩の味を決定する。濃度を上げ温度を調整し、ゆっくりと結晶を作りながら、ミネラル分の、なにを捨て、どこまで使うかによって味を調整することになる。ひんぎゃの塩のおいしさの秘密はどこにあるのだろうか。


当初、私は単純に水が蒸発して濃度が濃くなり、飽和した順に析出してくるだろうから、分離する時間(タイミング)さえ管理すればミネラルの割合は調整できると考えていたが、よくよく考えてみるとそんなに簡単な話ではない。

析出する割合は、飽和度(イオン濃度)のパラメーター以外に温度のパラメータがある。高温で煮出すか、低温でゆっくり結晶化させるかで、析出のパターンは変わってくる。単純にタイミングだけでは管理できないのだ。

付け焼き刃ながら、海水の濃縮温度と析出のタイミングを示した資料をネットで検索した。例えばこんなグラフがある。

http://www.shio-ya.com/general_salt/temp.html

塩に含まれるミネラル分の割合は、濃縮する温度によって、変わってくる。しかし実際のその調整は簡単ではない。 これはちょっと勉強しないといけないぞ。本気でするなら「海水利用ハンドブック」や一連の「ハンドブック」も必要だ。

https://www.shiojigyo.com/study/publication/

ひんぎゃの塩は、釜などをつかって煮出すことなく、すべて地熱を利用し低温で時間をかけて析出させる。すべて天日でおこなう製塩法に近いが、天日に比べると地熱蒸気のバルブで温度をコントロールできカルシウムやマグネシウムの調整をおこないやすい。どのタイミングでどう温度をかえたら理想的な食塩ができるだろうか。ひんぎゃの塩のおいしさの秘密は、このあたりの微妙な調整にあるはずだ。



さらにいえば、そもそもこの塩は、陸に近い場所にある一般の製塩所とは海水の質が違う。青ヶ島は黒潮が洗う孤島である。周辺に川などは全くない。太平洋を赤道近くから黒々と流れてきた、透明度が高い世界有数の暖流から汲まれた海水が原料である。原料の海水成分から違うのだ。


塩は単体でなめた時と、料理で使ったときで、おいしさが変わってくる。塩化ナトリウム以外のミネラルが多い塩は甘いが、料理に使うと味が立ちにくく扱いにくい。にがりは一定量までは味のバランスを整えおいしさを刺激するが、それをこえるとえぐみや苦みに変わる。


こんど東京に行ったときに、たばこと塩の博物館に通っていちから勉強しないといけないな。味の官能テストだったら、ちょっと自信はあるのだけど、成分分析の結果をもとに、製造のメカニズムが説明できないと説得力がないからね。



さて実は、そんなひんぎゃの塩をつくる青ヶ島村製塩事業所で11月から野研の「ちくわくん」が働いている。とりあえず来年の3月までここにいる。サウナのような部屋での長時間の作業や、神経を使う繊細な選別は大変な仕事だと思うが、とても、うらやましい。ぜひ、滞在中に島の人たちと仲良くなってたくさんのことを学んで欲しい。



そして、ちくわくんが管理する大學堂のECサイトでも、まもなく「ひんぎゃの塩」のあつかいが開始される予定である。すでにネット上の各所でプレミアをつけて売られているが、うちでは製造所からの直売で、定価で販売できるように準備している。とても楽しみである。

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