2019年7月4日木曜日

骨董屋

 月曜日にですね、あの、ちょっと用事がありまして、中央区に行ったんです。
何時頃だったかなあ…たぶん十六時ごろだったと思います。
 知人Мに連れられて、坂を上り、上り、こんどは下ったんですね。下って左に曲がり、右に曲がり、そこで手前に細い上り坂がありました。しかしそれは上らず、その横の古ぼけた小さな階段を数段上ります。その階段の入り口には、そうだなあ、給食のお盆ぐらいの大きさで、濃い紺色の木の看板が置いてあるんですけど、その看板が、手入れされてないというか、そのまんま置いてあるだけみたいな。別にきれいな看板じゃないんです。紺色の塗装も剥がれていて、肝心の店の名前も、とても小さく、白い文字で書かれているものですから、最初は鳥のフンか何かと思ってしまいましたよ。階段を上ると、人が一人通れるほどの細い道が続いており、その先には、古い自転車と机が置いてあり、玄関の小さい電気が灯っていました。
 玄関を開け、Ⅿが挨拶をすると、奥から初老の男性が出てきました。薄着に裸足で、頭にはタオルを巻き、髭を生やし、なんというか、私の中の「陶芸家」のようなイメイジに合う方でした。Ⅿとその男性は長い付き合いらしく、挨拶を交わすやいなや、あれやこれやと話しはじめたんです。僕はしばらくお店の畳に座り、店のなかをぐるりと見まわしておりました。決して広くはありません。畳の真ん中に壺が置かれ、壁から生えた小さな腕は手と手を合わせており、部屋の隅でブリキのワニが笑っておりました。奥の部屋を覗くと、レコオド盤を握りしめた骸骨が突っ立っており、椅子の近くにはぐるぐる巻かれた和紙が置かれ、柱のようになっておりました。棚の中には、黒い球を握っている手だけ置かれておりました。
 男性は珈琲を出してくれました。猫が持つのにちょうどよいぐらいの小さなコーヒーカップでした。わたしは珈琲の美味い不味いはさっぱり分からんのですが、Ⅿは絶賛しておりました。その次に、ヨウグルトを出してくれました。これが魔訶不思議なヨウグルトでした。口にすると、液体ではなきようで、口の中で広がりはしませんでした。これは固めのヨウグルトかと思った瞬間、溶けるのです。口に入れて溶けるまで、ほんの一瞬の妙な間があるのです。こんなヨウグルトもあるのか、と感心いたしました。
 Ⅿと男性はずっと何かの展覧会か品評会かの話をしておりますが、僕にはさっぱりです。あまりに暇なので、男性に店の写真を撮っていいか尋ねると、「撮るだけですよ。他に使わないでくださいね」と言われました。ですのでここには貼れません。写真を撮るために、もっと細かく見ていくと、謎の植物の種や、にぶい虹色に輝く箱、細い硝子の棒、分厚く、赤い文字で何か書かれた本など、実に珍妙な品ばかり。天井を見ると、ピンポン玉のような大きさの丸い玉に顔が描かれたものが僕らを見下ろしておりました。
 話が一段落ついたようで、Ⅿは席を立ち、品物を手に取り、これは何だと男性に聞き始めました。男性は丁寧に説明していきます。その中でⅯが気に入ったものが、照明の傘でした。四角く、かすかに模様が描かれたものでした。Ⅿはそれをおよそ二万円で購入し、
次、いつ来るかのだいたいの日を男性に伝え、帰る準備を始めました。僕も靴を履いていると、男性は「こういう面白いものがありますよ」と僕にハガキを渡してきました。それには「アンコール・ワット レリーフ 拓本展」という、とある写真家の拓本のコレクションの販売会のハガキでした。僕が少し興味を抱いたところで、男性は「もう、終わってるんですけどね…ハハハ…」と裏をめくると確かに、現在行われてはいないものでした。男性なりのジョウクでしょうか…
 家に帰ってお店について調べてみましたが、このお店、公式サイトなどもなく、住所や電話番号も分かりませんでした。僕らがお店に行った日も、もともとは店を開けない日だったようです。これを聞いて、このお店に行きたいと思った人、いますかね。いたら自力で探してください。それでは。

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